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ウェブ連載差別表現 第189回 再び「ジプシー」(スィンティ・ロマ)表現を考える

 

 

■藤原正彦氏の『週刊新潮』コラム「管見妄語」

 

 藤原正彦氏が『週刊新潮』(2016年10月20日号)のコラム「管見妄語」で、再びロマ民族について差別的な記述をしている。3年ほど前にも同様の記事を書いていたが、今回は、より念入りにロマ民族に対する差別的な描写をおこなっている。

 

「外国へ行く時、金銭をどう携帯するかはいつも問題である」、との書き出しで始まるコラムは、新婚旅行先のローマで、尻ポケットに入れた財布を狙って「尻につられて寄ってきたジプシーの子供の一団を『この野郎』と一喝したら、助けを乞うような表情をして逃げ出した。」

 

 さらに、

 

「7年前にはローマでジプシーの若い女が、歩道で私にスッと身体を寄せて来た。……ふいにポケットに手が伸びた。瞬間に意味不明ながら『ダー』と叫んだら泣きそうな顔をして退いた。」

 

 この「ウェブ連載差別表現」第1回が「ジプシーという言葉について」であり、その後も折に触れて「ジプシー」という差別語を使用した差別表現について書いているが、基本的な部分を再録しておく。

 

■「ジプシーという言葉について」――第1回連載差別表現より抜粋

 

……それはさておき、まずは「ロマ・スィンティ」民族の呼称の歴史と現状について、見ていくことにしましょう。

ヨーロッパ全域で暮らす少数民族に「ロマ」(「ジプシー」)がいます。「ジプシー」という言葉は「エジプトからやってきた人」つまり「エジプシャン」という誤解から発生し、差別的な意味あいをもつ言葉として認知されています。

 それにかわって、彼らが自称する「ロマ」が公称です(「ロマ」という言葉は、ロマの言語であるロマニ語で「人間」を意味しています)。もともと、インド北西部(パンジャブ地方)を発端の地とし、10世紀ごろ(6〜7世紀という説もある)から移動を開始し、現在1000万人を超えるロマ民族が、ヨーロッパ各国・西アジア・北アフリカ・アメリカなどに広く居住しています。

 ヨーロッパでは「ジプシー」という呼称が「劣等民族」「泥棒」「不道徳者」という認識の下、蔑称として使用されてきた歴史があります。現在「ジプシー」と“他称” されている人々の呼称は、11世紀ころギリシャにあらわれた彼らに対し、ギリシャ語で「異教徒」を意味する“アツィンガノス”(「不可触民」という意味もある)と呼んだことに端を発しています。その後、ヨーロッパ各地で多様なバリエーションをもって、「ツィゴイナー」(ドイツ)、「ジタン」(フランス)、「ジプシー」(イギリス)など差別的に他称されるようになったわけです。

 21 世紀の2010 年にも、フランス政府がEU憲法違反にもかかわらず、8000人以上のロマを国外に強制追放するなど、ヨーロッパ諸国で生活するロマ人への不公正なあつかいと排斥がつづいています。

 日本でも大手旅行会社がヨーロッパ旅行にさいして、事前配布した資料のなかに「ジプシー」を犯罪者とみなした記事を掲載し、抗議された例も一つや二つではありません。

 

 

■不埒なスペイン野郎

 

 今回の藤原氏の記述は、イタリア・ローマでの出来事にかかわって、「ジプシー」を犯罪者集団のように描いているが、スペインで起きた同じような状況のときには「不埒なスペイン野郎を叩きのめすべく、空手の闘う構えをとった。」と記している。スペインにも「ジプシー」(ヒターノ)がいるにもかかわらず、表記していない。

スペインだけでなくどこの国でも、どの民族にもスリや犯罪者がいるのは当たり前のことであり、この場合、藤原氏の怒りはスペイン人の中の「悪者」「犯罪者」に向けられている。

 ところが、前記イタリア・ローマの事例では「不埒なイタリア野郎」ではなく「ジプシー」と決めつけて書いている。「ジプシー」表現は、その呼称の差別性ととともに、ロマ民族全体が「悪者」「犯罪者」であるとの予断と偏見をもって語られている。ロマ民族に対する差別の歴史は長く、今も厳しい差別が存在していることは、くり返し、この連載でも述べてきた。なぜ藤原氏は、イタリア・ローマでの出来事にかかわって、「スペイン野郎」と同じく「イタリアの悪ガキ」「イタリアのスリ女」と書かないのか。

 

 

■アウシュビッツ「ジプシー家族収容所」

 

 ナチス・ドイツが、ユダヤ人600万人、ロマ民族(「ジプシー」)60万人、そして知的・精神障害者、同性愛者など20万人を虐殺したことはよく知られている。(1943年2月、アウシュビッツ・ビルケナウ絶滅収容所Be区域に「ジプシー家族収容所」を開設)

 

 ナチスは「ジプシー」を先天的犯罪者種族ととらえ、その民族の抹殺まで計画したのだ。特定の民族を犯罪者集団視するのは、ナチスの優性思想にもとづく明らかな民族差別行為であることを知るべき。

「子供をさらうジプシー」「犯罪者集団ジプシー」と、中世から蔑まされてきたスィンティ・ロマが、ナチス・ドイツの人種優生思想により、ユダヤ人と同じく「劣等人種」と見なされ、60万人近く虐殺された事実は、ユダヤ人600万人虐殺の陰に隠れ、ヨーロッパでも認知度が低いという (その背景には、今なお「ジプシー」に対する強い差別意識がある) 。

 当時スィンティ・ロマは、ユダヤ人の「ダビテの星」と同じく、「ジプシー」と明記した黄色の腕章を付けることを強制させられていた。  

 

 今、現にEC諸国内で最も迫害を受けているのがロマ民族であるという事実を前に、このような「ジプシー」(ロマ)全体を犯罪者と決めつけることの意味を考える必要があろう ロマ民族差別を助長する差別表現と抗議されても当然である。付け加えておくが、藤原氏は、なぜ、財布を狙った少年や女性が「ジプシー」と認識できたのか、疑問に思うが、それは重要なことではない。問題は、悪事を行おうとしたのが「ジプシー」だったかどうかではなく、問われているのは、犯罪者=「ジプシー」という予断と偏見(差別意識)を藤原氏が持っているということ。ロマ民族〈「ジプシー」〉に対する差別意識を持たされていることを自覚すべきだ。

 これでは、「ヨーロッパで行われている幼児の誘拐はジプシーたちの新しい仕事」との暴言を吐いた石原慎太郎と同じ、差別的心性の持ち主と言われてもやむを得ない。軽妙洒脱な文章がだいなしである。

 

 今現在も「身元を明かせば社会的に不利」な状況におかれ、差別されることを恐れるスィンティ・ロマ民族構成員の過半数が、身元を隠さざるを得ない厳しい現実がある。

 1901年(明治34年)、日本の長崎に初めて「ヂプシー」の一行が「舶来」したとき、「西洋の穢多」と新聞に紹介されたことの意味を考えるべきであろう。

 

 金子マーティンさんの近著『ロマRoma〜「ジプシー」と呼ばないで』(影書房)を読んで、考えてもらいたいと思う。

 

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