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第156回 日の丸・君が代問題をめぐるひとつのエピソード
■国旗・国歌法制定をめぐって
 
  敗戦後の部落解放運動に道筋をつけた「部落解放全国委員会」から「部落解放同盟」に名称変更して、今年で70年になる。来る3月2〜3日に、第72回全国大会が東京で開かれる (70回でないのは臨時大会が二度開かれているため)。
今回のウエブ連載では、差別表現とは直接関係しないが、「日の丸・君が代」問題について、ひとつのエピソードを紹介したい。
  今なお教育現場では、「国旗・国家」法制定の主旨に反して「日の丸・君が代」の強制が行われ、反対する教職員に対する弾圧も厳しさを増している。
  自戒を込めて、隠された事実を明らかにしていきたい。

 
■運動方針には「国旗・国歌法制定の動きに反対」と書くも……
 
今から15年ほど前、小渕内閣の官房長官だった野中広務さんが、その豪腕を発揮して、1999年(平成11年)8月に、「国旗国歌法」を成立させた。
成立の背景にある政治的意図については省くが、この「国旗国歌法」制定の過程で、日の丸掲揚や君が代斉唱を、教育委員会が強制し、各地の教育現場に大きな混乱をもたらしていた。
その渦中で1999年2月、広島県立世羅高校の石川校長が、卒業式当日に、教育委員会の度重なる威圧・強圧に耐え切れず、自裁するという痛ましい悲劇も起こっている。
この石川校長の自裁から2日後の、1999年3月2日〜3日にかけて、部落解放同盟の第56回全国大会が、東京・九段会館で開かれた。
その大会初日(3月2日)のことである。

大会議案書には、当然、日の丸・君が代=国旗・国歌法制定の動きに反対する運動方針が書かれている。この運動方針について、午前・午後と、代議員と執行部で論議するのだが、同盟の中心議題が「地対財特法」の期限切れを控え、人権擁護法案などにあり、日の丸・君が代問題でないことは確かだった。しかし、同和教育と直接関係する重要な政治的課題であることはまちがいない。
大会当日、九段会館にもっとも近い某新聞社の解放同盟担当記者が、午後遅くなって、取材にやってきた。大会の論議を、終了間際しか聴いていなかったが、彼の問題意識は、いま世間を騒がせている「国旗・国歌法」制定にあった。
それゆえ、彼の記者は、「解放同盟全国大会開催。日の丸・君が代に反対」と、小見出しのベタ記事を書き、翌日の朝刊に掲載されることになった。ところが、当時マスコミ担当だった私に、K同盟本部委員長から、「何だ、この記事は!こんなことは論議していない」、さらに「野中(広務)さんに知れたらまずい」とまで言って怒りを露わにしたのである。驚き、あきれはて、開いた口が塞がらなかった。

 
■全国大会後の定例記者会見を中止したのは・・・・・・
 
結局、“人権・マスコミ懇話会”の代表幹事の一人、日経新聞の野田記者のとりなしで、某新聞記者に非はないということになったものの、K委員長が納得することは最後までなく、大会終了後の定例記者会見も、K委員長の独断で、中止させられた。ちなみに、そのとき事情がよく飲み込めず、慌てていた教宣担当中央執行委員は、現書記長の西島藤彦氏である。
ではなぜ、それほどまでにK委員長は、国旗国歌法制定反対が大会の運動方針に書かれていたにもかかわらず、それが記事化されることに恐怖し、戦慄(せんりつ)したのか。
それは、同盟の運動方針にそって、広島県連をはじめ、全国の都府県連が反対運動を展開していたにもかかわらず、K委員長自身は、国旗国歌法案を推進している野中さんに気を遣って、明確に反対の意思表示をしていなかったということである。
同盟中央本部が本気で国旗・国家法制定に反対する運動を展開していれば、野中さんの豪腕があったとしても、はたして法成立が実現したかどうかは、疑わしい。
このことは、その当時、飛ぶ鳥を落とす勢いのある政治家で、権力の中枢を担っていた官房長官の野中さんが、複数の同盟役員を通して、上杉佐一郎委員長、上田卓三委員長、小森龍邦書記長、川口正志副委員長など歴戦の闘志が同盟中央本部を去り、弱体化していた同盟中央に深く影響を及ぼしていた事実と符号する。(それは別に野中さんが意識的に接近したというより、当時の同盟役員の方から擦り寄っていたのである。)
そのあたりの事情は、部落解放同盟中央本部の機関誌『部落解放』(2014年8月号)に載っている、<「現場の声を聞き、先頭に立って引っ張っていく」――部落解放同盟中央本部・西島新書記長に聞く>で、次のように述べていることからも、うかがい知れる。

 
中央本部の執行委員になったのは、94年からです。私が入った94年は、ちょうど人権擁護施策推進法の議論が大詰めをむかえていました。(中略) 当時、与党・自民党内で審議会設置法に関して絶大な影響力を持っていたのは、京都選出の衆議院議員・野中広務さんでした。そこで同じ京都出身の私が窓口をやれということで、野中さんと何度も交渉を行う中で、ようやく寺澤亮一さんが審議会委員に入ることができました。微力ながら貢献できたかなと思っております。
 そして、当時の上杉佐一郎委員長と野中さんとの会談を設定したり、野中さんと部落解放同盟のパイプ役をしていました。(中略) また、自民党の野中広務さんとは20年の付き合いで、1996年の衆議院選挙では、部落解放同盟としてはじめて野中さんを推薦しました。このとき野中さんの演説会に、社会党の重鎮である野坂浩賢さんに応援演説を頼めないか、という話がもちあがりました。(中略) 園部中央公民館で開かれた野中広務さんの演説会では、野坂さんが電話口から応援演説をするという快挙が実現しました。(『部落解放』2014年8月号)
 
■麻生太郎の部落差別発言を封印
 
  しかし、野中広務さんが議員活動を終え、権力から離れた後には、手のひらを返したかのように疎遠になり、ついには、すでに幾度もくわしく触れている麻生現副総理兼財務大臣の野中さんに対する重大な部落差別発言(魚住昭著『野中広務 差別と権力』、辛淑玉・野中広務共著『差別と日本人』参照のこと)に対して、解放同盟中央本部は一切の抗議を行わなかった。
この部落差別発言が公になり、国際的にも大きく報じられ(2009年1月16日付 ニューヨークタイムズが四面を使って報じた)、同盟の全国大会で、代議員からも突き上げられ、学者・文化人からも、麻生の差別発言を糾弾すべきとの声が沸き起こったにもかかわらず、批判の声を圧殺し、野中さんの、気力を振り絞っての抗議に何ら報いることなく、この麻生の部落差別発言を封印したのである。
  現在は、佐高信(さたか・まこと)さんから差別主義者と批判されている福岡選出の自民党議員・鳩山邦夫に「魔王」を贈るなどのゴマ刷り要請行動をおこなっていると聞く。
  麻生太郎の部落差別発言に対し、秘密裡に“手打ち式”が行われたと噂されているが、これらのことを含め、権力に対する小心で狭量なK委員長の虚像を、随時、明らかにしていきたい。加えて、エセ同和組織から“信頼”をおかれている本部書記や、“先生”と呼ばれている役員の行状についても報告していく。さらには、昨年暮れに、出版・人権差別問題懇談会の50社近い会員社の社長宛に、K委員長名で出された怪文書もどきの背景についても、暴露していきたい。

 
| 連載差別表現 |
第114回 演劇鑑賞会差別発言事件

2013年最後は、今年1年間の差別表事象を振り返って、橋下徹大阪市長に対する『週刊朝日』の部落差別記事事件や、ヘイトスピーチ問題を取り上げて、回顧を、と思っていたのだが、一人芝居『しのだづま考』などで、知られている京楽座代表の中西和久さんに対する度し難い部落差別発言を紹介して本年の締めくくりとしたい。

 「全国演劇鑑賞団体連絡会議」は、勤労者を主体に1962年に発足した会員制の演劇鑑賞団体で、その理念を、「日本演劇の民主的発展」としている。
 全国に150近い構成団体を持ち、10数万人の会員を抱えているともいわれている。その近畿ブロックを組織する岸貝(岸和田・貝塚)演劇鑑賞会の事務局長が『しのだづま考』の演者、中西和久氏に対して発した「四つの女の話やろ」は、“人権意識の希薄さ”以前の暴言であり、部落差別発言と言わざるをえない。
『しのだづま考』は「恋しくば たづね来て見よ 和泉なる 信太の森のうらみ 葛(くず)の葉」で知られ、説経節、人形浄瑠璃や歌舞伎、文楽、落語など、幅広く芸能として演じられる古典的な名作である。
 民話の「狐女房」という異類婚姻譚に、陰陽師・安倍晴明伝説が結びついた、中世の幻想的な物語として、現在に至るまで語りつがれている。しかも、物語の底流には、賤民(被差別部落)出身の娘(葛の葉)と一般民との結婚悲劇を狐に仮託しているといわれている。このような背景を持つ、『しのだづま考』に対し、「四つの女の話やろ」と述べるA氏の芸術的鈍感さと、人権意識の低さについて、徹底批判を行うことが必要と考えて、この経過報告書の全文を載せることにした。

中西さん自らがまとめられた差別発言事件の経緯を全文紹介する。


演劇鑑賞会差別発言事件に関する経過
  『しのだづま考』(作・演出/ふじたあさや、出演/中西和久)の初演は1989年です。リバティおおさか(現大阪人権博物館)の企画で生まれたこの作品は、同和問題をテーマに据えた作品として、各地で上演をくり広げてきましたが、演劇鑑賞会(以下、演鑑)においてはこれまで、主に東日本においてしか上演されてはいませんでした。しかし、同作品は2011年になって京都労演、神戸演劇鑑賞会からの要請により、2012年3月の京都府立芸術文化会館、神戸文化ホールにおける上演が決定しました。
 京都労演(京都勤労者演劇協会)事務局長より「岸貝(岸和田、貝塚)のAさんがやりたがっている。行ってみたら?」との報を受けた私(京楽座主宰中西和久)は、上演に先立って、岸貝演劇鑑賞会事務局長のA氏を訪ねることにしました。実はA氏はかつて重大な差別発言をしたことがありました。あれほどの発言をした人物がなぜ上演を希望しているのか、どのように意識が変わったのか、私はまずそれを知りたいと思いました。
 1998(平成8)年頃。私が「しのだづま考」の宣伝のため演鑑近畿ブロック岸和田事務所を訪れた時、事務局長のA氏(2012年現在65歳)が「ああ、四つの女の話やろ」と発言。周りには10人ほどの演鑑会員がいましたがその発言に抗議も批判もありませんでした。岸和田はこの作品の舞台となった和泉市に隣接する泉南の地域です。そこに「しのだ」の被差別部落はあります。
私はその露骨な差別発言に強い憤りを覚えましたが、営業の場でもあったので「そういう人に見ていただきたくて、この芝居は創ったんです。」と返すにとどめておきました。私はこの発言の時期を1998年頃と記憶していますが、正確な日付は定かではありません。
 2012(平成24)年2月16日、私は京都・神戸公演の案内も兼ね、和歌山市内の飲食店で岸貝(岸和田、貝塚)演鑑事務局長A氏と会いました。私は、A氏が同作品を上演したいとのことだが、それはなぜか? 十数年前に『しのだづま考』について「四つの女の話やろ」と発言したことを覚えていますかと質問しました。
 A氏は、はっきりと記憶しており「あの時あんた怒ったもんなあ」と語り「『しのだづま考』はやりたいが、難しい問題を含んでいる。同和問題やからなあ。」「解同(部落解放同盟)は暴力団みたいなもんや」などと自らの見解を述べられましたが、「四つの女」発言に関する反省も自己批判もなく、同席した和歌山演鑑の事務局長ほか3名の会員も黙って聞いているだけでした。
 2012(平成24)年4月2日、私は神戸へ観劇に訪れたA氏への御礼もかねて、岸貝演鑑事務所を訪れました。一連の御礼とあいさつの後、話は件の差別発言の話題となり、私が「貴方の『四つの女』発言は私の母に言っていらっしゃるんですか?」と見解を求めると、彼はおもむろに「自分も和歌山の部落の出身で、母親は水平社以来の活動家」と応えられました。そこで私が「あなたは、自分の母親にも『四つの女』と言うのか?」と尋ねると黙ってしまわれました。そのあとA氏は「あんたがそれを差別と言うなら謝るわ。」と言われましたが、私は「僕に謝ってもらっても困ります。」と応えました。後に、A氏が被差別部落出身を騙っていた事実が判明しました。
 これで私は、このことは自分の胸のうちに収めておく問題ではなく、差別発言事件として公にすべきことと考えました。なぜなら、かの発言は個人的な発言ではなく演鑑の活動の中から生まれた社会性のある発言であるからです。又、他の会員もその発言を黙認し、さらに有馬氏はここにおいて二重三重の差別発言をくり広げています。
全国演劇鑑賞会は「日本演劇の民主的発展」をその理念として掲げており、私はその民主主義に「夢」をえがいてきました。さらに、「人権」を主題とする自らの演劇にとってここでの「泣き寝入り」はそれまで支えてくれた観客、スタッフ、支援者そして自らへの裏切りに他ならないと考えました。
 2012(平成24)年7月17日、私は全国演劇鑑賞団体連絡会事務局長のT氏に電話を入れ「演劇鑑賞会の西の方の事務局長から『四つの女の話やろ』という発言がありました。『日本演劇の民主的発展』をその理念に掲げる貴会にとって、この発言をどのようにとらえられるのか、今週末に開催される全国事務局長会議でご議論いただきたい。」と要請しました。T氏は「どこの事務局長が言ったのですか?」と質問されましたが、私は「これは、一個人の問題ではなく、鑑賞会の活動の中から出てきたものですから全体の問題として認識すべきことと思います。」と述べました。
 2012(平成24)年7月20日、代々木オリンピックセンターで日本新劇製作者協会と公益社団法人日本劇団協議会共催、全国演劇鑑賞団体連絡会協力でシンポジウムが開催されました。演鑑の役員、劇団の制作者など全国から300人ほどの参加でした。戦後の演鑑運動を牽引してきた福岡市民劇場事務局長のK氏と仙台演劇鑑賞会元事務局長のW氏(この時、両氏とも85歳)に青年劇場の制作F氏がインタビューをして会は進行しました。最後に質疑応答の時間となったので、私は発言を求めました。
「京楽座の中西です。私は『しのだづま考』というひとり芝居をやっていますが、この芝居の営業で参りました時に『ああ、四つの女の話やろ』という発言を受けました。この発言は演劇鑑賞会の『日本演劇の民主的発展』と言う理念とどのような整合性を持っているのかお答えいただきたい。」とK氏に質問しました。会場はこの質問に衝撃が走り、司会者は「その発言をしたのは演鑑連の幹部とか事務局長とか…」と、私に問いかけました。私が「そうです」と応えると、やおらA氏が立ち上がり「私が言いました。もう18年前になりますが、そのようなことを言ったような記憶があります。鑑賞会の会員も十数人いた時でした。でも、差別するという気持ちはなく(中略)私は個人的には『しのだづま考』をぜひやりたいと思っています。」と応えられました。この後すぐ司会者は別の話題に切り替え、K氏はこの質問に応えることなく会は終了しました。
 2012(平成24)年7月21〜22日、千駄ヶ谷、日本青年館
全国演劇鑑賞会連絡会第19回研究集会が開催され、事務局長150人程と各劇団制作者50人程の参加でした。22日の最後に私は、再度意見を述べました。一昨日述べた概要を説明した後「差別発言について真摯なご論議をお願いしたい。一昨日A氏は、18年前とおっしゃいましたが、数か月前には1998年とおっしゃっている。何年前であろうと差別に時効はございません。会員の拡大をと言い、また『しのだづま考』をやりたいと言いながら『四つの女の話やろ』とおっしゃる。では、部落の真ん中に立って『四つの女の話をしますよぉ』と言って会員を拡大してご覧になるといい。真摯なご論議をお願い致します。」と要請した。
 だが、誰一人として発言はありませんでした。全国事務局長のT氏が「まずは近畿ブロックでよく議論していただき今後の活動に生かしていただきたい。」とまとめて会は終了しました。
 その後、私は各地の演劇鑑賞会に赴き、件の差別発言について「真摯な論議をお願いします。」と訴えましたが、それに応える声は全くありませんでした。
 2012(平成24)年9月18日
福岡市内で「『しのだづま考』の上演を支援する会」(代表 角敏秀)を開催。6人の委員が私から一連の経過を聞きました。討議の結果、全国演鑑連事務局長のT氏に「質問状」を出すことが決定されました。
 2012(平成24)年9月20日
「『しのだづま考』の上演を支援する会」を代表して、角敏秀氏がT氏に配達証明付きの「質問状」を送付しました。
 確認できる事実関係を述べた後で「『しのだづま考』の根底にあるのは、同和問題だと思います。この問題の解決が国民的課題であることは何人も理解しているところです。そして、中西氏が提起されたように、この発言は演劇鑑賞会の理念の根幹にかかわる重大な問題であると存じます。永年、市民劇場の一員として参加してきた者として看過できないものと考えます。このシンポジウムに参加されていた事務局長並びに役員の皆様に早急な事実確認と問題点の整理をお願いします。

<記>
一、「しのだづま考」をめぐる「四つの女の話やろ」というA氏の発言は事実か。
二、事実だとしたらその差別性についてどのように考えられるか。
三、演劇鑑賞会の「日本演劇の民主的発展」という理念とこの発言は、どのような整合性があるのか。

2012(平成24)年10月14日
  全国演鑑連事務局長のT氏から「質問状」に対する回答が送付されて来ました。

  「今回の『質問状』に対する回答にあたって、私どもはあらゆる差別に反対していることを表明したいと思います。上記のことを踏まえた上で(一)の質問ですが、Aさんの『発言』について、私どもが事実関係を確認する立場にはないと考えております。中西さんとAさんとの間で、十数年前に個人的に交わされた話であるということも伺っております。このことは直接、両者に確かめていただく方がいいと考えます。よって、今回の質問の内容に関して、私どもが回答する必要はないと認識しております。」

  (二)(三)については何の見解もなく、この問題を個人的に起こったトラブルにしてしまう考えがみてとれました。

2012(平成24)年10月24日
  福岡市内で「『しのだづま考』の上演を支援する会」が開催されました。
T氏からの回答について検討した結果、内容が何も無く、再度質問することに決定されましたが、今回は「公開質問状」とすることになりました。
2012(平成24)年11月1日
  「『しのだづま考』の上演を支援する会」の決定を受けて、角敏秀氏が代表としてT氏に配達証明付きで「公開質問状」を送付しました。

  「本年7月22日、全国演劇鑑賞団体連絡会での中西和久氏の質問に対して貴殿は『これは先ず、近畿ブロックでよく議論していただき今後の活動に生かしていただきたい』とまとめられたと伺っております。それで次の2点についてお尋ね致します。

一、近畿ブロックでの議論はどうなっているのか。
二、その議論はどのように活動に生かされているのか。

  これは、貴殿がまとめられた内容の結果を検証するもので、責任は貴殿にあると考えております。
  平成12年に制定された法律でも同和問題の解決は、国民ひとり一人の課題であり責務であると謳ってあります。ましてや「日本演劇の民主的発展」を標榜される貴団体が見て見ぬふりをされるとは思いたくありません。私ども市民劇場の会員も組織の一員であるからです。今後は、行政と相談することも必要になってくると思いますので、回答をよろしくお願いします。」

*この「公開質問状」への回答は、今日まで届いてはいません。

2012年11月発行された全国演鑑連50周年の記念誌にも、その後発行された各地演劇鑑賞会の資料にもこの差別発言事件についての記述は皆無です。

2013(平成25)年5月2、3日
全国演劇鑑賞会第20回研究集会 日本青年館
集会2日目の閉会前私は挙手をして質問しました。

中西「昨年の研究集会で質問したことですが…関西の事務局長から私のひとり芝居『しのだづま考』に対して「四つの女の話やろう」という発言がありました。この言葉と演鑑の理念「日本演劇の民主的発展」との間にどのような整合性があるのかと昨年、質問していましたが、未だに全国演鑑連からの回答がありません。再度質問しますので、ご回答ください。」

A「私はそのような発言はしていません。昨年も中西さんは事務所に訪ねて来られました。その時彼は<その言葉は私の母に言っていらっしゃるのですか>と言われました。そこで私は『ごめんね、悪かった』と言った覚えはあります。」

この後、出席者からは「中西氏の発言は演鑑で取り扱うべき問題ではない。」「当事者同士で話し合うべきだ」などと次々に発言がなされ「A氏は尊敬に値する事務局長だ。」との発言も相次ぎました。
 また、この会の議長豊橋演劇鑑賞会事務局長のO氏より「中西さんは全国演鑑連からの回答を求められますか?」との質問がありましたので、私は「はい。」と応えました。
集会の終わりに全国演鑑連T代表からまとめの言葉がありました。
「私達はあらゆる差別に反対しています。中西さんの発言に関して全国幹事会で話をして、当事者同士で話し合うべきだとの結論を出しています。中西氏の発言はこの(全国演劇鑑賞団体連絡)会議に対する侮辱だと思います。」これが全国演鑑連から私への回答でしょうか。

 人権侵害に対する認識がこの団体にはあるのだろうかと私は深い疑問を持たざるを得ませんでした。自らの組織の活動の中で起こった差別事件に対して「当事者同士で話し合うように」と、差別発言を告発している側からの事情も聞かずに結論を宣告するような感覚は、いったいこの国の憲法で保障されている基本的人権の認識はあるのでしょうか。また、私は「被差別部落出身」を公言しているわけではありません。私の職業は俳優ですが、被差別部落出身かどうかはプライベートな情報です。それをA氏は私がA氏に質問した「四つの女とは私の母に言っていらっしゃるのですか」との言葉をとらえ、私の出身を満座の中で披歴しています。また、このような差別を目の当たりにしながら演劇鑑賞会の参加者並びに劇団制作者の人々は、それを批判、糾弾するどころか私の告発を批判さえしています。
 さらに、A氏は昨年の研究集会では「四つの女の話やろ」発言は「私が言いました」と明言したにもかかわらず今年は「言っていない」に変わっています。しかし「言っていない」にもかかわらず「ごめんね、悪かった」は何を意味しているのでしょうか。
 私は有馬氏の「四つの女の話やろ」発言と演劇鑑賞会の理念との整合性を質問しただけです。演劇鑑賞会がそれを「侮辱」と評する根拠は何処にあるのか、これも問うてみたいところです。

2013年6月17日  公益社団法人日本劇団協議会総会 芸能花伝舎にて
劇団協総会において、理事の選出が行われました。京楽座代表の私は立候補者T古氏ついて挙手をして疑義を申しました。なぜならT氏が代表を務める全国演鑑連は私のひとり芝居「しのだづま考」をめぐって差別発言事件を起こしている団体であり、劇団協の理事としてふさわしくないと考えたからです。
これに対して、当日理事並びに劇団からは質問があがり議長より資料の提出が求められました。
私は「これはまだメモ書き程度ですが」と前置きをして『「四つの女の話やろう」発言に関する経緯』と題する文書を提出いたしました。この文書はその日参加した劇団すべてにコピー印刷の後、配布されました。
また、一方的に書いた文書ではなく客観的なものはありませんかとの声も出ましたので私は「録音もありますよ。聞きますか?」と申し上げたところ、A氏の発言の録音は参考としては取り上げられませんでした。
T氏の理事選挙はカード挙手により、賛成多数で採決されました。

この日、私はN会長より再度文書を劇団協宛に提出するようにとの要請を受けました。
以上が、この文書提出に至る経緯です。

 この「演劇鑑賞会」の役員が行った部落差別発言については、この連載「差別表現」で経過報告を含め、随時連載していきます。

京楽座公演 2014年1月31日(金)・2月1日(土) 紀伊國屋ホールにて
詳しくは下記をご覧下さい。
www.kyorakuza.com

それでは皆さん、良いお年を!
| 連載差別表現 |
第113回 三位一体の悪法が国民を監視する
■アパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃の闘士――ネルソン・マンデラ氏死去
 12月10日、南アフリカ共和国の元大統領、ネルソン・マンデラ氏の追悼式が、ヨハネスブルグ郊外で執り行なわれた。
 アメリカのオバマ大統領を始め、イギリスのキャメロン首相、フランスのオランド大統領など、主要各国のトップと歴代首脳も参列した。南アフリカ出身の女優、シャーリーズ・セロン、U2のフロントマン、ボノ、スーパーモデルのナオミ・キャンベルなど、各界からもアパルトヘイト(人種隔離政策)を撤廃させた、歴史的な指導者の死を悼み、多くの人々が参列していた。
 しかし、報道から知る限り日本からは、皇太子と、福田元総理以外に参列した様子はない。日本の人権意識の低さが、マンデラ元大統領の追悼式を通じて、はからずも露呈したといってよい。日本に黒人居住者が少ないというのが、その理由であるとしたら、国連加盟国の中でも、とくに先進国中で人権意識が最下位であることを、自ら証明したようなものであろう。さすが「名誉白人」の称号を戴いたことだけはあると、あなどられても仕方ない。
 マンデラ元大統領は、アパルトヘイト撤廃を通じて、人類の人権意識改革を成しとげた偉大な指導者であり、その功績はいくらたたえても、たたえ過ぎるということはない。

■特定秘密保護法につづいて共謀罪が
 11月5日、最高裁が、「婚外子」差別を違憲とし、相続分について「嫡出子」と同等の権利を保障することを明記した民法改正案が、「特定秘密保護法案」強行採決で混乱している中、12月5日に国会で可決、成立した。
 当然のことといえば当然だが、遅きに失した感は否めない。
 また最高裁は、12月10日、「性同一性障害」で性別を女性から男性に変更した夫婦の子ども(第三者からの提供された精子で妻との間に生まれた)について、父子認定を行った。
 しかし、欧米ではすでに、同性間の婚姻を認め、市民的権利を保障する立法処置がなされており、日本もこの最高裁判断を契機に、法律上、制度上の同性愛者差別撤廃を実現する方向に大きく踏み出す必要があろう。
 一方で、12月11日の新聞各紙に大きく報道されている、「共謀罪」創設について、政府はその立法を急ぐ理由として、2000年に国連で採択された「国際組織犯罪防止条約」を批准するために必要な国内法整備の一環と位置づけていると、説明している。
 しかし、実態は、「特定秘密保護法」、「通信傍受法」、そして、「共謀罪」と一連の国家による国民監視の集大成とも言えるものであり、海渡雄一弁護士の言葉を借りれば、この三つの法律は「三位一体」であり、「共謀罪を創設した後、それを取り締るための通信傍受法の範囲拡大に突き進むだろう」ということになる。
 

<※共謀罪=重大な犯罪にあたる行為を「団体の活動」として「組織により」実行しようと共謀すると、実際に行動を起こさなくても、それだけで罰するという内容。>(『朝日新聞』2013年12月12日)
 

 国際人権規約、人種差別撤廃条約など、多くの人権条約を批准しておきながら、国内法はいまだに未整備のままだ。国連の人権理事会からのたび重なる勧告に耳をかさず無視し続けているにもかかわらず、なぜかこの条約にかぎっては、2003年から、3度にわたって、関連法案を提出している。
 いずれも廃案になっているが、そこに、「犯罪」という大義名分の下に、国民の政治的権利と表現の自由を侵害し、保安処分の名のもと予防拘禁的危険性が、指摘されたからである。
 この国の度し難い人権意識の希薄さの行きつく先が、戦前の治安維持法的悪法の復活であり、表現の自由の抑圧であることを、自覚する必要がある。
 
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第112回 裁かれたボブ・ディランの差別発言
■ボブ・ディランの差別発言
 今年11月にフランスで、レジオン・ドヌール勲章を授与されたアメリカの反戦フォーク歌手・ボブ・ディランが、フランスのクロアチア人団体から刑事告訴され、パリの裁判所で審理されるという記事が、12月4日の各紙に載っている。
 事件の概要は、朝日・東京新聞など各紙の記事を総合すると、2013年10月に発行された、『ローリングストーン誌』フランス版のインタビュー内での発言が、フランスの<人種差別禁止法>に違反したとして憎悪煽動容疑で訴追されたということだ。

 

  <フランスの報道法は、特定の人物や集団の人種や民族に対し、差別や憎悪、暴力を扇動することを禁じており、違反した場合は最高で禁錮1年、罰金4万5千ユーロ(約620万円)が科せられる。ディランさんの発言を問題視したフランスのクロアチア人団体が刑事告訴しており、今後、パリの裁判所で審理される。>(『朝日新聞』2013年12月3日)

 
 この訴追はフランス国内のクロアチア人協議会の訴えにもとづくもので、インタビュー記事の内容はクロアチア人に対する侮辱であり、人種的、民族的憎悪への挑発にあたるとしている。クロアチア人が多く住んでいた米ミネソタ州北部で子ども時代を送ったディランはインタビューで、米国の人種問題について詳細に語り、「狂気の極みだ」と述べた。
 その上で「黒人は一部の白人が奴隷制度を放棄したくなかったことを知っており、もしその主張が通っていたら、彼らは依然として奴隷のままだったことを知っている。彼らはそれを知らないかのように装うことはできない」とし、「奴隷主あるいはKKK(*)の血が流れている人を黒人は嗅ぎわけられる。それは今日でもそうだ。ユダヤ人がナチの血を嗅ぎわけ、セルビア人がクロアチア人を嗅ぎわけられるように」と述べている。
 (*クー・クラックス・クラン アメリカの人種差別主義団体)
 
 クロアチア世界会議フランス支部のブラトコ・マリク総書記は「ボブ・ディラン氏のような人物がこのようなことを言ったことに驚いている」、とともに「ボブ・ディラン氏の発言は憎悪を誘因する。クロアチア人の犯罪者とすべてのクロアチア人を比べることはできない」とし、「しかし、われわれはローリング・ストーン誌やシンガーとしてのボブ・ディランに何の反感も持っていない」と述べている。
 クロアチア人は、第二次世界大戦中にナチスと同盟を結んでいたクロアチア独立国によるセルビア人、ユダヤ人、その他の大量虐殺を理由にナチスと同一視されることに敏感だと言う。一方で多くのクロアチア人もセルビア人の手で殺されている。クロアチアとセルビアは1990年代の旧ユーゴスラビア戦争でも激しく敵対した。
 

■麻生発言に抗議運動が起きない日本
 思い出すのは、この連載でも何度か取り上げた、著名なデザイナー、ジョン・ガリアーノ氏の事件だ。
 2011年、フランスの高級服飾ブランド、クリスチャン・ディオールの英国人デザイナー、ジョン・ガリアーノ氏が、パリのユダヤ系移民が多い地区のカフェで酒に酔い、「ヒトラーが大好きだ。お前たちのような奴らは死んでいたかもしれない」と暴言を吐き、刑事告訴された。この差別発言によって、ジョン・ガリアーノ氏はクリスチャン・ディオールを解雇される。
 この事件は、2011年9月8日、フランスの人種差別禁止法によって逮捕起訴され罰金65万円、6カ月の執行猶予付有罪判決が、パリ裁判所で下されている。
 ボブ・ディランの発言に戻ると、クロアチア人協議会が第二次世界大戦中の、ナチス同盟国として行なった虐殺を、白人の人種差別者やドイツのナチスと同列にあつかう発言にクロアチア人が怒るのは、ナチス占領下、ナチスに協力したフランスのヴィシー政権を、フランス人一般と同列視することに対するフランス人の怒りと同じ意味だろう。
 翻って、日本では、「ナチスの手法に学ぶ必要がある」と今年8月末に発言した麻生太郎副総理兼財務大臣に対しては、結局、何の具体的な抗議行動も起きていない。これは別に、日本に、差別禁止法がある、なしの問題ではない。与野党および、日本人そのものの差別問題、人権問題に対する意識の低さの現われと見るべきだろう。

 
■ふつうの日本人が持つ潜在的差別意識
 この点を鋭く衝いているのが、水鳥真美氏(セインズベリー日本藝術研究所総括役所長)の「日本こそ『外国人差別大国』」(『選択』12月号)と題された巻頭インタビュー記事だ。
 

  ―――日本人の外国人差別への取り組みは遅れていますか。
  水鳥 在日韓国・朝鮮人への口汚いヘイトスピーチが一部で深刻化しているが、実は問題の根はそこではない。自らを善良な市民だと考え、そうした差別主義者に対して眉をひそめる多くの日本人が潜在的に差別意識を持っていること。さらにいえば、そうした差別の存在に気付かず、対策を講じていないことが最大の問題だ。日本人は、人種、性別、セクシャリティなどあらゆる差別を放置し続けている。欧州や米国では、差別の存在を認め、その対処に社会全体で取り組んできた。
 
  ―――なぜ日本には差別主義がはびこっているのですか。
  水鳥 いまだに「単一民族国家」という幻想があることは一因だろう。そうした言動をする政治家、有識者があとを絶たないのはその方が国民の受けがいいと考え、また、それを隠然と支持する日本人の意識があるからだ。結果として人種差別が存在するという事実からも目をそらしてきた。問題意識を持ち、日本人自らが取り組まねば前進はない。わかりやすいのは、日本社会の女性差別だろう。男女同権は制度化されて久しいが、世界経済フォーラムの女性の地位に関する調査で、日本は136カ国中105位。宗教的理由から女性の権利が制限されているアラブ諸国と同レベルに低迷している。この原因は男女同権が、戦後主に米国によって与えられた概念であり、日本人が選びとってきたものではないためだ。

 

 水島氏の鋭い指摘につけ加える言葉はない。
 『選択』12月号巻頭インタビュー全文を、ぜひ読んでいただきたい。
 

 

| 連載差別表現 |
第111回 表現の差別性とはなにか

■差別表現とはなにか――『週刊朝日』差別記事事件を例にして
 前回の続きになるが、大阪で差別表現とはなにかをめぐる話をしていて、参加者からの熱い視線を感じたのは、差別表現とは、事実関係の真偽を問うているのはなく、表現の差別性を問うているのだというところ。もう一つは、差別表現は、差別語使用の有無とは直接関係しないということを強調したときだった。
 後者については、すでに幾度も述べているが、前者については、とくに、橋下徹大阪市長に対する『週刊朝日』の部落差別記事が出たとき、朝日、岩波系学者、文化人の少なくない“識者”が、「事実を述べているのだから問題ない」とした。しかも、ある東大の准教授に至っては、「あの佐野眞一氏の記事が差別だというなら、『松本治一郎伝』も差別ということになる」と、堂々と自身のツイッターで発信していた。
 個人的に『週刊朝日』の差別記事事件から得た教訓のひとつは、その前年の『新潮45』『週刊新潮』、『週刊文春』のときとは違い、(記事の差別性は、『週刊朝日』よりもひどい)、学者、文化人が、――『週刊朝日』という「教養ブランド」を信頼していたかどうかは知らないが――『週刊朝日』の、そして佐野眞一氏の記事を支持し、賞賛したという事実だ。(のちに撤回した人も多いが……)。
 学者・文化人の弱点のひとつが、人権問題(差別問題)について、表層的で開明的なノブレス・オブリージュ的視点(貴族目線)でしか差別問題を理解できていないことが、よくわかった例だった。
 『橋下徹現象と部落差別』でも強調したが、「八尾、安中の部落の地名を記した」とか、「父親が被差別部落出身であることがわかった」というような、事実関係を問題にしているのではない。被差別部落に対する社会的差別が存在するという社会環境の下で、その事実関係を、否定的、マイナスイメージに結びつけて表現するところの差別性を、問題にしたのである。

 
■犯罪報道と社会的マイノリティ
 この連載の、第56回<犯罪報道の中で語られているロマ民族>で次のように書いた。
『週刊文春』(2012年8月30日号)のグラビアで、ルーマニアの首都ブカレスト郊外で殺害された、日本人女子大生のことを取り上げている。逮捕された犯人について、記事は現地に住む日本人の話として次のように書いている。

「ブラド(犯人)は『ロマ』と呼ばれる民族です。空港周辺では旅行者をカモに詐欺まがいのことをする輩も多い」                      (『週刊文春』)

  本来なら「ジプシー」と表記したかったのだろうが、「ジプシー」は差別語だからロマ民族の自称である「ロマ」という言葉を選んだのであろう。しかし、過去に何度も書いているように、この文脈上で「ロマ」と表記しようと「ジプシー」と表記しようと、表現における差別性にはなんの違いもない。
 つまり、差別語でない民族自称の「ロマ」と使った差別表現か、差別語である「ジプシー」を使った差別表現かの差があるだけである。
 問題は、なぜ殺人などの犯罪とロマ民族をわざわざ結びつけて表現するのかという点にある。
 過去「ジプシー(ロマ)」を犯罪者集団のごとくみなし、欧州旅行の際に「ジプシーの人たちには注意してください。盗難にはご注意を」と、添乗員が語った大手旅行代理店が抗議を受けたことなど、ほんの一例にすぎない。(くわしくは『差別語・不快語』P178〜参照)
 犯罪を行なう人間はどの民族にも存在する。なぜあえてロマ民族だけをわざわざ取り上げて、記載するのか。
 これは、別に犯人の「ブラド」がロマ民族であるという裏付けが取れているか、つまり事実かどうかの問題ではない。欧州で、とくにルーマニアにおいて、ロマ民族に対する極めて厳しい社会的差別の実態を知っていて、このような表現を行なったとすれば、差別を助長するジャーナリズムの烙印を押されてもやむを得ない。

 ナチスドイツがユダヤ人600万人を虐殺したことは広く知られているが、同時にロマ民族も50万人殺害されていることを忘れてはならない。
 なぜロマ民族という社会的属性を犯罪と結びつけたのか、この点を内省し、自己の持つ差別意識に気づかない限り、差別問題(人権問題)は理解できない。

 
■「通院歴あり」とあえて書く朝日新聞の偏見
 また、第107回<犯罪報道に見る精神障害者への偏見>の中で、次のように書いた。
 10月4日朝日新聞朝刊の社会面に次のような記事が掲載されていた。

 

  【2歳、河原で暴行死 容疑の父逮捕 京都・綾部】
  …(前略)…府警によると、男は京都府城陽市に住む職業不詳の34歳で、妻と長男(2)の3人家族。死亡した男児は長男だった。逮捕直後は興奮状態で、意味不明の言葉を発しつつも、容疑については「否認します」と答えた。しばらくして落ち着くと、「たたきつけていたのは自分の子どもです」と容疑を認めたという。
   男は病院の精神科に通院していたという。府警は刑事責任能力の有無を調べる。
 

(2013年10月4日『朝日新聞』)
 

 無残な幼児虐待事件をめぐる報道だが、精神科への通院歴をなぜ記述する必要があるのか。
 事件との因果関係がわかっていない段階でのこのような記述は、精神障害者一般に対する、現にある予断と偏見、社会的差別意識を助長する記事と言わねばならない。
 精神障害者に対する極めて重大な人権侵害の実態が放置されている現状のなかで、上記のような記事が、社会にある精神病患者への予断と偏見を強め、保安処分的な、社会防衛としての隔離政策を推し進める動因となるのである。

 
■刷り込まれた差別意識を自覚せよ
 いま例にあげた朝日新聞のような記事は、テレビ、新聞などの事件報道の際に、過去も現在も多く見られる。
 たとえば、これは実際の報道だが、「金属バットを振りまわし、人に危害を加え、訳のわからない言葉を放っている」という事件報道のとき、往々にして「容疑者には精神科への通院歴があった」とつけくわえられるのが常である。
 なぜ内科・歯科・耳鼻咽喉科の通院歴ではなく、精神科の通院歴のみを、ことさら報道するのか。そこにこそ、報道する側の記者自身の内にある精神障害者への予断と偏見が現われているのだ。
 いつも言っているように、差別意識を持っていない人などいない。それが悪いと言っているのではないのだ。問題は、差別意識を持っている(持たされている)ことを自覚しないことにある。つねに人は社会的な差別意識を知らず、知らずの内に刷り込まれているということを、自覚し、意識することが大切なのだ。
 この朝日新聞の記事について、抗議の意志を込めて、朝日新聞社の役職の立場にある関係者に話をしたとき、返ってきた言葉が、「しかし、精神科への通院歴は事実なんですよ」だった。
 そこで、私は、「ではなぜ、歯科、眼科、耳鼻咽喉科、内科にも、容疑者が通院していた事実を書かないのか」、「なぜ、精神科のみの通院歴を選択して載せたのか」と問い質した。
 筆者の問いに対して、朝日の関係者は口ごもっていたが、何も発しなかった。
 筆者が推測するに、おそらく言いたかったのは、「精神を病んでいるということと、歯が痛いのとは違う。精神病者は何をするかわからない危険な存在だから、事件と関係があると思った」ということだろう。
 つまり、世間に広くゆきわたっている、「キチガイに刃物」という差別意識にどっぷりつかっている自分をインテリジャーナリストであると思っている彼は、自らの差別意識を自覚していないということが、暴露されたわけだ。
 この話をしたときに大阪の講演参加者から熱い視線を感じたのである。

 

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