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第14回 女々しい奴は…
 九州電力玄海原発を抱える、佐賀県の古川康知事が、個人で開設していた「ツイッター」の“お気に入り”に、原発推進派の人物の“つぶやき”を登録していたことが暴露され、批判を浴びている。

 登録されていた“つぶやき”には、「地震ごときを理由に原子力を否定するなんて、いったいどれだけ軟弱なんだ。そんな女々しい奴は豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ」と書き込まれていた。

 ここで問題にしたいのは、“女々しい奴”という表現について。広辞苑には“女々しい”とは、「①ふるまいなどが女のようである。②柔弱である。いくじがない。未練がましい。」とある。(対語は“雄々しい”で、「男らしい。勇ましい。けなげだ。」となっている。)

 また、“奴”は「③人を卑しめていい、または目下の者を親しんでいう語。④物事を乱暴にいう語」とある。「字統」には、「女と又に従う。又は手。女子を捕える形で、これを不自由化して奴隷とする」とある。
女偏で構成される漢字は、実際に数えてみると、百数十にものぼり、その多くに女性をおとしめる意味がこめられていることがわかります。とはいえ、女性を否定的にあらわしているからといって、女偏の漢字を使用しなければすむというものでもありません。まずは、女偏の漢字の意味に気づき、つぎに、それらに付着する差別的な女性観(前近代的な意識と文化構造)に対して充分注意をはらうことが必要です>

(『差別語・不快語』)
 原発推進派に論難を浴びせることは当然だとしても、“女々しい奴”という差別的言葉にも批判の目を向ける必要がある。

 溝口敦さんの最新刊『暴力団』(新潮新書)の小見出しに、「女々しい性格」と対処法> という表現があります。
「女々しい性格」と対処法
 暴力団員は特有の考え方をします。

 ふつうは男っぽい人たちと思われているのでしょうが、意外にも暴力団をよく知る人たちは「女々しい性格」と言います。これは女性に対して申し訳ない表現なのですが。

 たとえば、暴力団Aが一般人のBさんにCさんを紹介したとします。最初に引き合わされた後、BさんがCさんに直接連絡して会うことは暴力団の感覚では禁じ手です。

何かの折にA組長はBさんに「Cさんに会ったんだって?」と、やんわりその非を指摘します。

人との関係を排他独占的に所有できると考え、私物視する人柄はおよそさばさばしていません。すっぱり竹を割ったような気性とは無縁です。
 泣く子も黙る暴力団が「女々しい性格」とは、溝口さん一流の含意ある表現でしょう。「 」を付け、文中にも、女性に失礼な表現であることを断った上で、なおかつ、暴力団の性格を「すっぱり竹を割ったような気性とは無縁」と表現しているわけです。

 前記の“女々しい奴”という差別的表現との違いはあるのでしょうか。皆さんはどう思われますか。
| 連載差別表現 |