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第114回 演劇鑑賞会差別発言事件

2013年最後は、今年1年間の差別表事象を振り返って、橋下徹大阪市長に対する『週刊朝日』の部落差別記事事件や、ヘイトスピーチ問題を取り上げて、回顧を、と思っていたのだが、一人芝居『しのだづま考』などで、知られている京楽座代表の中西和久さんに対する度し難い部落差別発言を紹介して本年の締めくくりとしたい。

 「全国演劇鑑賞団体連絡会議」は、勤労者を主体に1962年に発足した会員制の演劇鑑賞団体で、その理念を、「日本演劇の民主的発展」としている。
 全国に150近い構成団体を持ち、10数万人の会員を抱えているともいわれている。その近畿ブロックを組織する岸貝(岸和田・貝塚)演劇鑑賞会の事務局長が『しのだづま考』の演者、中西和久氏に対して発した「四つの女の話やろ」は、“人権意識の希薄さ”以前の暴言であり、部落差別発言と言わざるをえない。
『しのだづま考』は「恋しくば たづね来て見よ 和泉なる 信太の森のうらみ 葛(くず)の葉」で知られ、説経節、人形浄瑠璃や歌舞伎、文楽、落語など、幅広く芸能として演じられる古典的な名作である。
 民話の「狐女房」という異類婚姻譚に、陰陽師・安倍晴明伝説が結びついた、中世の幻想的な物語として、現在に至るまで語りつがれている。しかも、物語の底流には、賤民(被差別部落)出身の娘(葛の葉)と一般民との結婚悲劇を狐に仮託しているといわれている。このような背景を持つ、『しのだづま考』に対し、「四つの女の話やろ」と述べるA氏の芸術的鈍感さと、人権意識の低さについて、徹底批判を行うことが必要と考えて、この経過報告書の全文を載せることにした。

中西さん自らがまとめられた差別発言事件の経緯を全文紹介する。


演劇鑑賞会差別発言事件に関する経過
  『しのだづま考』(作・演出/ふじたあさや、出演/中西和久)の初演は1989年です。リバティおおさか(現大阪人権博物館)の企画で生まれたこの作品は、同和問題をテーマに据えた作品として、各地で上演をくり広げてきましたが、演劇鑑賞会(以下、演鑑)においてはこれまで、主に東日本においてしか上演されてはいませんでした。しかし、同作品は2011年になって京都労演、神戸演劇鑑賞会からの要請により、2012年3月の京都府立芸術文化会館、神戸文化ホールにおける上演が決定しました。
 京都労演(京都勤労者演劇協会)事務局長より「岸貝(岸和田、貝塚)のAさんがやりたがっている。行ってみたら?」との報を受けた私(京楽座主宰中西和久)は、上演に先立って、岸貝演劇鑑賞会事務局長のA氏を訪ねることにしました。実はA氏はかつて重大な差別発言をしたことがありました。あれほどの発言をした人物がなぜ上演を希望しているのか、どのように意識が変わったのか、私はまずそれを知りたいと思いました。
 1998(平成8)年頃。私が「しのだづま考」の宣伝のため演鑑近畿ブロック岸和田事務所を訪れた時、事務局長のA氏(2012年現在65歳)が「ああ、四つの女の話やろ」と発言。周りには10人ほどの演鑑会員がいましたがその発言に抗議も批判もありませんでした。岸和田はこの作品の舞台となった和泉市に隣接する泉南の地域です。そこに「しのだ」の被差別部落はあります。
私はその露骨な差別発言に強い憤りを覚えましたが、営業の場でもあったので「そういう人に見ていただきたくて、この芝居は創ったんです。」と返すにとどめておきました。私はこの発言の時期を1998年頃と記憶していますが、正確な日付は定かではありません。
 2012(平成24)年2月16日、私は京都・神戸公演の案内も兼ね、和歌山市内の飲食店で岸貝(岸和田、貝塚)演鑑事務局長A氏と会いました。私は、A氏が同作品を上演したいとのことだが、それはなぜか? 十数年前に『しのだづま考』について「四つの女の話やろ」と発言したことを覚えていますかと質問しました。
 A氏は、はっきりと記憶しており「あの時あんた怒ったもんなあ」と語り「『しのだづま考』はやりたいが、難しい問題を含んでいる。同和問題やからなあ。」「解同(部落解放同盟)は暴力団みたいなもんや」などと自らの見解を述べられましたが、「四つの女」発言に関する反省も自己批判もなく、同席した和歌山演鑑の事務局長ほか3名の会員も黙って聞いているだけでした。
 2012(平成24)年4月2日、私は神戸へ観劇に訪れたA氏への御礼もかねて、岸貝演鑑事務所を訪れました。一連の御礼とあいさつの後、話は件の差別発言の話題となり、私が「貴方の『四つの女』発言は私の母に言っていらっしゃるんですか?」と見解を求めると、彼はおもむろに「自分も和歌山の部落の出身で、母親は水平社以来の活動家」と応えられました。そこで私が「あなたは、自分の母親にも『四つの女』と言うのか?」と尋ねると黙ってしまわれました。そのあとA氏は「あんたがそれを差別と言うなら謝るわ。」と言われましたが、私は「僕に謝ってもらっても困ります。」と応えました。後に、A氏が被差別部落出身を騙っていた事実が判明しました。
 これで私は、このことは自分の胸のうちに収めておく問題ではなく、差別発言事件として公にすべきことと考えました。なぜなら、かの発言は個人的な発言ではなく演鑑の活動の中から生まれた社会性のある発言であるからです。又、他の会員もその発言を黙認し、さらに有馬氏はここにおいて二重三重の差別発言をくり広げています。
全国演劇鑑賞会は「日本演劇の民主的発展」をその理念として掲げており、私はその民主主義に「夢」をえがいてきました。さらに、「人権」を主題とする自らの演劇にとってここでの「泣き寝入り」はそれまで支えてくれた観客、スタッフ、支援者そして自らへの裏切りに他ならないと考えました。
 2012(平成24)年7月17日、私は全国演劇鑑賞団体連絡会事務局長のT氏に電話を入れ「演劇鑑賞会の西の方の事務局長から『四つの女の話やろ』という発言がありました。『日本演劇の民主的発展』をその理念に掲げる貴会にとって、この発言をどのようにとらえられるのか、今週末に開催される全国事務局長会議でご議論いただきたい。」と要請しました。T氏は「どこの事務局長が言ったのですか?」と質問されましたが、私は「これは、一個人の問題ではなく、鑑賞会の活動の中から出てきたものですから全体の問題として認識すべきことと思います。」と述べました。
 2012(平成24)年7月20日、代々木オリンピックセンターで日本新劇製作者協会と公益社団法人日本劇団協議会共催、全国演劇鑑賞団体連絡会協力でシンポジウムが開催されました。演鑑の役員、劇団の制作者など全国から300人ほどの参加でした。戦後の演鑑運動を牽引してきた福岡市民劇場事務局長のK氏と仙台演劇鑑賞会元事務局長のW氏(この時、両氏とも85歳)に青年劇場の制作F氏がインタビューをして会は進行しました。最後に質疑応答の時間となったので、私は発言を求めました。
「京楽座の中西です。私は『しのだづま考』というひとり芝居をやっていますが、この芝居の営業で参りました時に『ああ、四つの女の話やろ』という発言を受けました。この発言は演劇鑑賞会の『日本演劇の民主的発展』と言う理念とどのような整合性を持っているのかお答えいただきたい。」とK氏に質問しました。会場はこの質問に衝撃が走り、司会者は「その発言をしたのは演鑑連の幹部とか事務局長とか…」と、私に問いかけました。私が「そうです」と応えると、やおらA氏が立ち上がり「私が言いました。もう18年前になりますが、そのようなことを言ったような記憶があります。鑑賞会の会員も十数人いた時でした。でも、差別するという気持ちはなく(中略)私は個人的には『しのだづま考』をぜひやりたいと思っています。」と応えられました。この後すぐ司会者は別の話題に切り替え、K氏はこの質問に応えることなく会は終了しました。
 2012(平成24)年7月21〜22日、千駄ヶ谷、日本青年館
全国演劇鑑賞会連絡会第19回研究集会が開催され、事務局長150人程と各劇団制作者50人程の参加でした。22日の最後に私は、再度意見を述べました。一昨日述べた概要を説明した後「差別発言について真摯なご論議をお願いしたい。一昨日A氏は、18年前とおっしゃいましたが、数か月前には1998年とおっしゃっている。何年前であろうと差別に時効はございません。会員の拡大をと言い、また『しのだづま考』をやりたいと言いながら『四つの女の話やろ』とおっしゃる。では、部落の真ん中に立って『四つの女の話をしますよぉ』と言って会員を拡大してご覧になるといい。真摯なご論議をお願い致します。」と要請した。
 だが、誰一人として発言はありませんでした。全国事務局長のT氏が「まずは近畿ブロックでよく議論していただき今後の活動に生かしていただきたい。」とまとめて会は終了しました。
 その後、私は各地の演劇鑑賞会に赴き、件の差別発言について「真摯な論議をお願いします。」と訴えましたが、それに応える声は全くありませんでした。
 2012(平成24)年9月18日
福岡市内で「『しのだづま考』の上演を支援する会」(代表 角敏秀)を開催。6人の委員が私から一連の経過を聞きました。討議の結果、全国演鑑連事務局長のT氏に「質問状」を出すことが決定されました。
 2012(平成24)年9月20日
「『しのだづま考』の上演を支援する会」を代表して、角敏秀氏がT氏に配達証明付きの「質問状」を送付しました。
 確認できる事実関係を述べた後で「『しのだづま考』の根底にあるのは、同和問題だと思います。この問題の解決が国民的課題であることは何人も理解しているところです。そして、中西氏が提起されたように、この発言は演劇鑑賞会の理念の根幹にかかわる重大な問題であると存じます。永年、市民劇場の一員として参加してきた者として看過できないものと考えます。このシンポジウムに参加されていた事務局長並びに役員の皆様に早急な事実確認と問題点の整理をお願いします。

<記>
一、「しのだづま考」をめぐる「四つの女の話やろ」というA氏の発言は事実か。
二、事実だとしたらその差別性についてどのように考えられるか。
三、演劇鑑賞会の「日本演劇の民主的発展」という理念とこの発言は、どのような整合性があるのか。

2012(平成24)年10月14日
  全国演鑑連事務局長のT氏から「質問状」に対する回答が送付されて来ました。

  「今回の『質問状』に対する回答にあたって、私どもはあらゆる差別に反対していることを表明したいと思います。上記のことを踏まえた上で(一)の質問ですが、Aさんの『発言』について、私どもが事実関係を確認する立場にはないと考えております。中西さんとAさんとの間で、十数年前に個人的に交わされた話であるということも伺っております。このことは直接、両者に確かめていただく方がいいと考えます。よって、今回の質問の内容に関して、私どもが回答する必要はないと認識しております。」

  (二)(三)については何の見解もなく、この問題を個人的に起こったトラブルにしてしまう考えがみてとれました。

2012(平成24)年10月24日
  福岡市内で「『しのだづま考』の上演を支援する会」が開催されました。
T氏からの回答について検討した結果、内容が何も無く、再度質問することに決定されましたが、今回は「公開質問状」とすることになりました。
2012(平成24)年11月1日
  「『しのだづま考』の上演を支援する会」の決定を受けて、角敏秀氏が代表としてT氏に配達証明付きで「公開質問状」を送付しました。

  「本年7月22日、全国演劇鑑賞団体連絡会での中西和久氏の質問に対して貴殿は『これは先ず、近畿ブロックでよく議論していただき今後の活動に生かしていただきたい』とまとめられたと伺っております。それで次の2点についてお尋ね致します。

一、近畿ブロックでの議論はどうなっているのか。
二、その議論はどのように活動に生かされているのか。

  これは、貴殿がまとめられた内容の結果を検証するもので、責任は貴殿にあると考えております。
  平成12年に制定された法律でも同和問題の解決は、国民ひとり一人の課題であり責務であると謳ってあります。ましてや「日本演劇の民主的発展」を標榜される貴団体が見て見ぬふりをされるとは思いたくありません。私ども市民劇場の会員も組織の一員であるからです。今後は、行政と相談することも必要になってくると思いますので、回答をよろしくお願いします。」

*この「公開質問状」への回答は、今日まで届いてはいません。

2012年11月発行された全国演鑑連50周年の記念誌にも、その後発行された各地演劇鑑賞会の資料にもこの差別発言事件についての記述は皆無です。

2013(平成25)年5月2、3日
全国演劇鑑賞会第20回研究集会 日本青年館
集会2日目の閉会前私は挙手をして質問しました。

中西「昨年の研究集会で質問したことですが…関西の事務局長から私のひとり芝居『しのだづま考』に対して「四つの女の話やろう」という発言がありました。この言葉と演鑑の理念「日本演劇の民主的発展」との間にどのような整合性があるのかと昨年、質問していましたが、未だに全国演鑑連からの回答がありません。再度質問しますので、ご回答ください。」

A「私はそのような発言はしていません。昨年も中西さんは事務所に訪ねて来られました。その時彼は<その言葉は私の母に言っていらっしゃるのですか>と言われました。そこで私は『ごめんね、悪かった』と言った覚えはあります。」

この後、出席者からは「中西氏の発言は演鑑で取り扱うべき問題ではない。」「当事者同士で話し合うべきだ」などと次々に発言がなされ「A氏は尊敬に値する事務局長だ。」との発言も相次ぎました。
 また、この会の議長豊橋演劇鑑賞会事務局長のO氏より「中西さんは全国演鑑連からの回答を求められますか?」との質問がありましたので、私は「はい。」と応えました。
集会の終わりに全国演鑑連T代表からまとめの言葉がありました。
「私達はあらゆる差別に反対しています。中西さんの発言に関して全国幹事会で話をして、当事者同士で話し合うべきだとの結論を出しています。中西氏の発言はこの(全国演劇鑑賞団体連絡)会議に対する侮辱だと思います。」これが全国演鑑連から私への回答でしょうか。

 人権侵害に対する認識がこの団体にはあるのだろうかと私は深い疑問を持たざるを得ませんでした。自らの組織の活動の中で起こった差別事件に対して「当事者同士で話し合うように」と、差別発言を告発している側からの事情も聞かずに結論を宣告するような感覚は、いったいこの国の憲法で保障されている基本的人権の認識はあるのでしょうか。また、私は「被差別部落出身」を公言しているわけではありません。私の職業は俳優ですが、被差別部落出身かどうかはプライベートな情報です。それをA氏は私がA氏に質問した「四つの女とは私の母に言っていらっしゃるのですか」との言葉をとらえ、私の出身を満座の中で披歴しています。また、このような差別を目の当たりにしながら演劇鑑賞会の参加者並びに劇団制作者の人々は、それを批判、糾弾するどころか私の告発を批判さえしています。
 さらに、A氏は昨年の研究集会では「四つの女の話やろ」発言は「私が言いました」と明言したにもかかわらず今年は「言っていない」に変わっています。しかし「言っていない」にもかかわらず「ごめんね、悪かった」は何を意味しているのでしょうか。
 私は有馬氏の「四つの女の話やろ」発言と演劇鑑賞会の理念との整合性を質問しただけです。演劇鑑賞会がそれを「侮辱」と評する根拠は何処にあるのか、これも問うてみたいところです。

2013年6月17日  公益社団法人日本劇団協議会総会 芸能花伝舎にて
劇団協総会において、理事の選出が行われました。京楽座代表の私は立候補者T古氏ついて挙手をして疑義を申しました。なぜならT氏が代表を務める全国演鑑連は私のひとり芝居「しのだづま考」をめぐって差別発言事件を起こしている団体であり、劇団協の理事としてふさわしくないと考えたからです。
これに対して、当日理事並びに劇団からは質問があがり議長より資料の提出が求められました。
私は「これはまだメモ書き程度ですが」と前置きをして『「四つの女の話やろう」発言に関する経緯』と題する文書を提出いたしました。この文書はその日参加した劇団すべてにコピー印刷の後、配布されました。
また、一方的に書いた文書ではなく客観的なものはありませんかとの声も出ましたので私は「録音もありますよ。聞きますか?」と申し上げたところ、A氏の発言の録音は参考としては取り上げられませんでした。
T氏の理事選挙はカード挙手により、賛成多数で採決されました。

この日、私はN会長より再度文書を劇団協宛に提出するようにとの要請を受けました。
以上が、この文書提出に至る経緯です。

 この「演劇鑑賞会」の役員が行った部落差別発言については、この連載「差別表現」で経過報告を含め、随時連載していきます。

京楽座公演 2014年1月31日(金)・2月1日(土) 紀伊國屋ホールにて
詳しくは下記をご覧下さい。
www.kyorakuza.com

それでは皆さん、良いお年を!
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