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第88回「橋下大阪市長の朝日新聞社グループ提訴に正義はあるか」(3)
■橋下氏は社会的な糺弾を行ったのではなかったのか
 昨年の『週刊朝日』差別記事事件のとき、毎日新聞社客員編集委員の岩見隆夫氏が「橋下市長は裁判をすべきだった」と語ったことに対して、橋下氏は、明確な批判をおこなっている。
◎2012年11月3日 橋下徹@t_ishin

毎日新聞客員論説委員岩見氏ですら、今回の週刊朝日騒動の本質を理解していない。報道機関に携わった報道のプロなのにね。http://t.co/Ubs06c4z 岩見氏は、今回の週刊朝日騒動は公人のプライバシーと表現の自由の問題と捉え、裁判で決着すべきと言う。…(略)… posted at 03:56:35

今回の週刊朝日騒動は、プライバシー問題ではない。僕のプライバシー保護が一般の人より弱くなるのは百も承知。…(略)… posted at 03:59:42

岩見さん、…(中略)…今回の週刊朝日は、個人の人格否定、危険な人格の根拠として、血脈を利用しようとした。この「ロジック」が問題なんですよ。 posted at 04:03:51


事実誤認でもプライバシーの問題でもない。ましてや記事の全ての発行を許して、裁判で決着を付ける問題でもない。表現にも許されない一線がある。その表現を許せば、回復できない著しい被害が生じるときには、表現自体が許されない。こんなの悠長に裁判なんかやってられない。岩見さんもほんt(*原文ママ)の無責任 posted at 04:06:30

先祖の生まれがこうだから、先祖の生き方がこうだから、しかもその血が流れているから、僕の人格が危険だ、とんでもない奴だ、存在は許されないという「ロジック」は今の日本社会では許されない。それは僕への公人チェックにとどまらず、僕の子や孫全ての否定につながる。 posted at 04:15:57<(橋下徹氏ツイッターより)

 この一連のツイッターに対して、私は拙著『橋下徹現象と部落差別』の中で、こう書いた。
橋下市長は、部落差別にもとづく人権侵害に対して、名誉毀損などでの告訴という有効性・速効性のない手段ではなく、被差別マイノリティが獲得した、糾弾という自力救済の社会的権利を行使したのであって、そうした自力救済手段を実行したからこそ、みずからを守ることができたわけです。
岩見隆夫が勧めている手段をとるにふさわしいのは、東国原英夫が女性スキャンダルで『週刊文春』を告訴したケースのような場合でしょう。そこで問題にしうるのはプライバシーであり、事実認識であり、自己の名誉の政治的維持なんですからね。それなら政治的手段として裁判所に訴えたらいいんじゃないかという勧めも成り立つだろう。岩見氏は、女性スキャンダルと、自力救済の闘いが必要な橋下の場合のようなシビアーなケースとの区別もつかないのかと思う。(『橋下徹現象と部落差別』より)
■差別糺弾の目的とは、差別を容認する社会と闘うこと
 橋下氏に言いたいのは、部落差別事件を起こしたが、ともかくも、それを反省した当事者に対し、子々孫々にわたって、その問題をつきつけることが、はたして、社会的差別である部落差別撤廃にかなう行動であるか否かである。

 全国六千部落、三百万人の被差別部落に出自を持つ被差別民は、反省した差別事件当事者と密な関係の下に、部落差別を容認している社会構造の変革に向け、ともに手をたずさえて闘うのであり、現に部落解放運動は、今もそうしている。

 もう一度言う。昨年10月の『週刊朝日』部落差別記事に対し、一人果敢に抗議し、糾弾した橋下徹氏を心から支持する気持ちにいつわりはない。しかし、社会的差別=部落差別に立ち向かったことを絶対化して、社会的差別とは無関係な記事にまで、『週刊朝日』側には、一切の批判的言及を許さないというような、大人げない態度は改めるべきである。

 それは、差別糺弾に名を借りた言論封殺と言われてもやむを得ない。

 全国六千部落三百万人のきょうだいは、そう思っている。
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