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第165回 「盲目」という言葉
有名なワイツゼッカー演説
 
「盲目」という言葉を使った表現は、日常的に数多く用いられている。とくに有名なのが、先ごろ亡くなった元ドイツ大統領ワイツゼッカー氏(当時は西ドイツ大統領)の演説にある次のフレーズである。
 
「過去に目を閉ざす者は現在に対しても盲目となる」
 
1985年、ナチス・ドイツ敗戦40周年にあたって、西ドイツ連邦議会で行った演説で、その中で、ナチス・ヒットラーの蛮行、ユダヤ人600万人、スィンティ・ロマ(日本では差別的にジプシーと呼ばれている)60万人、そして同性愛者、精神障害者20万人を虐殺したホロコーストについて、最大限の反省の意を、国家を代表して明言した歴史に残る演説である。(戦前日本が行った侵略戦争や従軍慰安婦の存在を認めない70年談話を画策している安倍晋三と何たる違いか。)

 

■「無知」の喩えにつかわれる「盲」の比喩
 
今回とりあげるのは「現在に対しても盲目となる」というフレーズである。これを分かりやすく言えば、「過去に目を閉ざす者は現在に対してめくらと一緒で、何も分からない人間となる」ということだろう。ここには視覚障害者に対して社会に存在する差別意識が現れている。
つまり、この表現は、視覚障害者に対する比喩としてよく知られている「めくら蛇に怖じず」(物事を分からない者はその恐ろしさもわからない。無知な者は向こう見ずなことを平気でする)、「群盲象をなでる」(多くの盲人が象をなでて自分の手に触れた部分だけで象について意見を言い合う意から、凡人は大人物・大事業の一部しか理解できないという喩え)と同じレベルと言って差し支えない。
しかし、このフレーズが社会的に問題とされたことを寡聞にして知らない。
あまりにも有名で、第二次大戦でドイツが犯した犯罪を心の底から真摯に反省した演説として名高いから、少しおかしいと思っても遠慮しているのであろうか。

 
視覚障害者当事者はどう感じているか
 
それでは、視覚障害をもつ人たちは、この言葉についてどのような思いを抱いているのか。拙著『差別語・不快語』の中でまとめている、遠藤織枝氏の調査(2000年)から見てみよう。
 
先に例にだした「めくら蛇に怖じず」に対して、「容認できる」と答えた視覚障害者は23.5%。「避けたい」「絶対に言わない」と答えた人は53.0%である。
「群盲象をなでる」については、容認は23.1% 拒否は45.8%
「盲目的」(盲目ではない)については、容認が45.3%、拒否42.3%と意見が分かれている。「盲目的」と「盲目」では、「盲目」のほうがより強い表現のように思われるが、それでも半数近くの視覚障害者が差別感(不快感)をもっている。
このときの調査で明らかになった視覚障害者が強く傷つく表現として、「あんま」が容認65.09%、拒否27.0%であるのに対して、「あんまさん」と呼ばれることに61.1%の視覚障害者不快感を示していた。
最も差別的(不快)と感じる言葉は「めくら」で、88.5%だった。
言葉の使用に当たっては慎重な配慮が求められるだろう。

 
■佐藤優さんのワイツゼッカー演説引用
 
ちなみに、ドイツ語が堪能な佐藤優さんは、その著書『創価学会と平和主義』(朝日選書)の中で、ワイツゼッカー氏の同じ演説を次のように訳して引用している。
 
「過去に目を閉ざす者は現在に対しても目を閉ざすことになる」
 
私が知る限り、このような訳は、佐藤優さんが初めてである。佐藤優さんは「盲目」に差別的な意味を感じて意訳したのではないかと思っている。
しかし、その一方で、この「盲目」を何のためらいもなく比喩的表現に使用した学術本は、数え上げればキリがない。カントの『純粋理性批判』にも次のような表現がある。
 
「内容なき思惟は空虚であり、概念なき直観は盲目である」
 
知り合いの企業の方が、たぶん社内の人権研修だったと思うが、このワイツゼッカー氏の言葉を、発言者がワイツゼッカー氏であることを伏せて例題に出したところ、多くの受講生が、「差別的な比喩表現だ」と回答したとのことである。
ワイツゼッカー氏の演説は本当にすばらしい内容である。だからこそ、この「盲目」という表現は、別の言葉で翻訳されるべきだ。
2015年1月31日のワイツゼッカー氏死去にあたって、すべての新聞・テレビが、何のためらいもなく「盲目」という言葉で、その演説内容を報じていたが、反省すべきであろう。ちなみに「明鏡国語辞典」(大修館書店)には、「盲目」の説明の最後に「視覚障害者を比喩として使う差別的な言い方」とある。

 
■大和ことばでは「めがくらいひと」
 
ちなみに記紀万葉の時代、視覚障害者は大和ことばで「めがくらいひと」(目が暗い人)と呼ばれていた。
中国から、官僚制と漢字を導入した頃から「めがくらいひと」は漢字表記で「盲人」(目が無い人)となり、「盲」の字そのものに含まれている差別性が、以降の日本社会に定着したと言ってよい。
「目が暗い人」と「盲人」の間には差別がある。
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