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第186回 「ヘイトスピーチ解消法」と似て非なる「部落差別解消法」

 

○「ヘイトスピーチ解消法」の影響力を実感

 

 5月24日、衆院本会議で可決成立し、6月3日に施行された「ヘイトスピーチ解消法」。

 罰則規定をもたないこの理念法の内容について、大きな欠陥と問題点があることは、すでに多くのヘイトスピーチと闘っている学者・文化人、弁護士、カウンターの人々から指摘され、この連載(第183回「ヘイトスピーチ解消法成立」)でもとりあげている。

 その欠陥と弱点に対する危惧が乗り越えられつつある。

 6月5日、川崎市中原区で行われようとした20人足らずのヘイトデモを600人近いカウンターの抗議行動によって中止に追い込んだ。このヘイト現場における警官の対応などの事実によって、法案の欠陥と弱点に対する危惧はかなり薄らぎ、闘いの武器になることが明らかになった。

 “のりこえねっと”共同代表の辛淑玉(しんすご)さんが、胸中の思いを率直に語っている。

 

解消法の与党案を見たとき、自分は受け入れられないと思った。
でも喉から手が出るほど欲しかった。
ヘイトの現場にいればその日は生きて呼吸するのも大変だったし、誰よりも止めて欲しかった。
だが自分が問われていた。
日本人が朝鮮人にしてきたことをこれから他のマイノリティにするのか、と。
それは多くのマジョリティが思うほど生半可なものではない。
こんなひどい選ばせ方をさせないでくれと思ったし、人生で最もきつい決断だった。
卑怯で許せない法律だ。…

(中略)

付帯決議などは守られたことなどないし、自民党にすがるような形でとった曖昧なものを何とかして市民の手に取り戻したいと思って川崎デモを必ず止めようと思った。
そうしなければこの法を受けとった意味がないから。
法成立後の現場では警察が私を殴るようなことをしないのに驚いた。
そしてレイシストに対して「違法デモ」だとも言っていた。
法ができても世の中は変わらないと思い込んできたが、今回は1票がなくても自分が変えなければならないと思った。
カウンターには見知らぬ人が多く、またヘイトデモを10mしか進ませなかったことで頑張れるのではないかと感じた。

(のりこえねっとTV 6月7日)

 

○今後の闘いが法律の欠陥を克服していく

 

 「本邦外出身者」「適法に居住する」という条件を付与することによって、アイヌ民族、被差別部落や性的マイノリティ、障害者、難民申請者、無資格滞在者が除外され、「本邦外」「適法居住」でないマイノリティは、 “合法的に” ヘイトスピーチにさらされるのではないかと危惧する声もあった。

 

 しかし、WEB連載183回で、私がくり返し強調したのは、この法律は、国際人権機関からの圧力、国会内での「人種差別撤廃施策推進法」成立の闘い、ヘイトスピーチに反対する多くの学者・文化人、弁護士、そして、何よりも当事者である在日の人々の闘い、さらにその前線に立ち、身体を張って抗議行動を行ったカウンターの闘いの成果なのだ。

この法律が内包している欠陥=矛盾は、闘いの中で解決できることを、6月5日の川崎でのヘイトデモ阻止行動は身をもって示した。

 逆に言えば、矛盾こそ、運動の原動力なのだ。

 

○「部落差別解消法案」提出の経緯

 

  他方、「部落差別解消法」は、どのような経緯で、与党から提出されたのか。

 ここに興味深い記事がある。「安倍政権は『リベラル』なのか」と題された特集(ヤフーニュース)の中に、「部落差別解消に安倍政権は政治生命をかけたのか」と題された、部落解放同盟中央執行委員長・組坂繁之のインタビューが載っている。

 今国会で継続審議となった「部落差別解消法案」について、「ネット上の部落差別と部落差別を助長する情報が放置されていることを踏まえて」議論されてきたものだとしている。その上で、「人権擁護法案」や「人権委員会設置法案」に安倍政権が一貫して反対しており、実現できなかったとしている。

 言うまでもないが、安倍政権が反対したから人権擁護法案などが成立しなかったのではなく、法案内容の陳腐さが、他のマイノリティ団体や学者から支持されず、加えて、解放同盟指導部の日和見な運動の弱さが、直接の原因である。

 

 ところが――

 

「変化があったのは2015年11月16日、自民党の二階俊博総務会長を実行委員長とする和歌山県東京集会『人権フォーラム』でした。その席で稲田朋美政調会長が講演し、『部落差別の撤廃を目的とした個別法として整備していく』と述べた。それが『部落差別解消法案』という形になりました。今国会で成立はしませんでしたが、二階総務会長の尽力であとわずかに迫った。」

 

との認識を示したうえで、連立与党・公明党の影響力もあり、5月19日、与党案「部落差別解消法案」が提出されたと、その背景を述べている。

 

○長年求めてきた「人権擁護法案」を諦めたのか

 

 それでは、この自民党の二階総務会長や稲田政調会長の“尽力”のたまものである「部落差別解消法案」の内容を、検討したい。

 与党案は、一読して具体性に乏しい。

 禁止規定も罰則規定もなく、ありきたりの「差別はいけません」的な、道徳的訓示レベルの文言が並び、唯一実効性があるのは、第6条「部落差別の実態に係る調査」のみである。

 2002年で失効する「地対財特法」を踏まえ、2000年11月に成立した「人権教育推進啓発法」の「人権」を「部落」に変えただけのしろものだ。

 注意しておかなければならないのは、同じ特集の中で、稲田政調会長が、包括的な「人権擁護法案」は、「人権」の定義が広すぎ、拡大解釈される可能性があるため、障害者差別解消法、部落差別解消法、LGBT差別解消法など「法案の対象を個別に分解していく。そこで多くの法律をつくることになったのです」、とのべている点だ。

 ということは、この「部落差別解消法案」は、包括的な「人権擁護法案」の代替法ということになる。

 つまり、部落解放基本法制定運動の一環として求めてきた「人権擁護法案」を、解放同盟中央本部は放棄したということになる。部落解放運動に対する裏切りといってよい。

 

○障害者差別解消法は「障害者権利条約」にもとづいて具体化した国内法

 

 ちなみに、障害者差別解消法は、2014年1月に批准された国連の「障害者権利条約」にもとづいて、その国内法として成立したものである。永年の国内外における障害者差別撤廃運動の成果であり、不充分点(合理的配慮が民間では努力義務目標など)はあるものの、国際人権水準に一歩近づいた画期的な障害者差別禁止法なのであり、その法案内容と闘いの経緯を見れば、権力から下賜された「部落差別解消法案」は、「障害者差別解消法」と同列に並べて論じるべき法案ではない。

 

○「部落差別解消法」は「人種差別撤廃条約」を具体化した国内法であるべき

 

 今年5月に提出された「部落差別解消法」は、本来なら、1965年の「同和対策審議会答申」を踏まえ、1995年に日本政府が批准した国連の「人種差別撤廃条約」にもとづき、その国内法として具体化されたものであるべきだが、その内容からも明らかなように、たんなる「参議院選挙を前にした政府・与党のリスク・ヘッジ戦略」(同特集での山尾志桜里民進党政務調査会長)に過ぎないのである。

 「ヘイトスピーチ解消法」「LGBT差別解消法」などは、これまでその差別を禁止する何らの法律もなかった。前者は、今回の理念法に内在する欠陥と弱点を克服し、罰則規定と救済機関の設置など、より充実した内容の法律に仕上げるための第一歩なのである。(法的拘束力のある“附則”にその主旨が入っている。)

「それならば、部落差別解消法も、これから不充分点を充実させていけばいいではないか」、と思う人もいるかもしれない。

 

  しかしながら、部落差別を禁止し、撤廃するための法律は、過去半世紀、条例などさまざまな形で制定されている。なかでも、1985年には全国の自治体に先駆けて、大阪府で、部落差別にかかわる「身元調査規制条例」が、制定されている。

 これは、興信所・探偵社などが差別的な身元調査を行うことを明確に禁止したもので、罰則規定もある。

 またこの条例は、  2011年に規制強化され、被差別部落出身かどうかを調べるだけでなく、その土地(地域)に関する差別的な調査なども禁止している。(※詳しくは「大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例」条文を参照)

 その意味で、「部落差別解消法」は、これらの、すでに成立している法律や条例を踏まえた上での「部落差別解消法」とはなっていないどころか、歴史の流れに逆行する法案である。

   政府与党、とくに自民党の二階俊博、稲田朋美、平沢勝栄、谷垣禎一などにすり寄り、おもねり、へりくだった結果だから、当然といえば当然の法案内容だが、過去の部落差別撤廃運動を貶めるような法案といってよい。

 

○「ヘイトスピーチ解消法」は現場での闘いによって克ち取った法律

 

  では、「ヘイトスピーチ解消法」はどうか。この法案は、野党・民進党の有田芳生(ありたよしふ)参議院議員が中心となって、昨年9月、参議院に提出された。「人種差別撤廃施策推進法」に対する与党・自公の対案、「ヘイトスピーチ対策法」との調整(院内闘争)の中で、「ヘイトスピーチ解消法」として成立したのである。

 ちなみに、この法律が成立するまでの国会内闘争の経緯については、法律成立に尽力した参院法務委員会の与党側筆頭理事・西田昌司(にしだしょうじ)参議院議員と有田芳生参議院議員とのネットTV『週刊西田』での討論で、その間の事情が明かされている。

 

    この連載(第183回)で書いたように、「ヘイトスピーチ解消法」は、国内外の日本政府に対する圧力およびヘイトスピーチに身体を張って闘ったカウンターの面々、そして全国の在日韓国・朝鮮人の人々、とくに川崎在住の人々の苦難に満ちた闘いの中から生まれ、克ち取ったものなのである。

 

 法律制定をめざす闘いの過程は、めざすべき法律の内容に反映される。

 

 最後になったが、「ヘイトスピーチ解消法」を、より実効性のある法案に仕上げていく国会内闘争の中心である民進党・有田芳生議員の、来たるべき参院選での当選を克ち取るべく、是非一票を投じていきたい。

 

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