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第84回 古地図(古切絵図)の出版に当って(3)
 今回も引き続き、<「古地図(古切絵図)」>問題について考える。

 まずは、差別語や差別表現についての原則的な考え方を明らかにしておきたい。

■「侮辱の意思」の有無が糾弾を決定する
 1922年に創立された全国水平社は、その第一回大会で次のように決議している。
『一、吾々に対し穢多及び特殊部落民等の言行によって侮辱の意志を表示したる時は徹底的糾弾を為す』
(1922年3月3日 全国水平社創立大会決議第一項)
 ここで強調しているのは、「侮辱の意志を表示した時」に糾弾するとしている点である。「穢多及び特殊部落民等」という言葉だけを問題にして抗議するわけではなく、重要なのは、そこに侮辱の意志が含まれているかどうかということである。つまり、「侮辱の意志」の有無が抗議するか否かの(つまりは差別表現か否かの)決定的基準ということを、この決議は示している。しかし、この意味するところを、当時の水平社同人のすべてが理解していたわけではない。

■差別語が問題なのではなく、表現の差別性が問題とされる
 そこで出されたのが、1931年全国水平社第10回大会の「言論・文章による『字句』の使用に関する件」である。
「言論・文章による『字句』の使用に関する件」  提出 中央常任委員会

 主文 吾々は「字句」の使用に対して明確なる態度を決定す。

 理由 この「字句」使用の問題に就ては運動の当初よりの懸案であって、一応は決定されていたのであった。その後の闘争が該問題取扱上に種々のデリケートな、限界のルーズな事もあって、その初期に決定された「侮辱の意志による言動」が閑却された様な形であった。そこでこの「字句」さえ使えば悪いのだとの認識不足な考え方が起り、吾々の部落を現わすのに闘争団体の名称である、水平社と呼ぶことが最も安全であるかのごとく心得、平気で代名詞として使用する傾向が現われて来た。その他に於いても如何に必要な時であっても、ウッカリ文章及び言論に表現すると糺弾されるから「アタラズ」「サワラズ」式にとの態度となってこの問題に対する真面目な批判と、発表、通信、研究等を聞くことが出来なかった。吾々は如何なる代名詞を使用されても、その動機や、表現の仕方の上に於いて、侮辱の意志が――身分制的――含まれている時は何等糺弾するのに躊躇しない。

 然れども、その反対に「エタ」「新平民」「特殊部落民」等の言動を敢えてしても、そこに侮辱の意志の含まれていない時は絶対に糺弾すべきものではないし、また糺弾しない。この点徹底せしめるべく努力せねばならぬ。
(1931年全国水平社第10回大会)
 このように、創立大会決議第一項の趣旨を徹底している。

 換言すれば、問題は差別語の使用の有無ではなく表現の差別性、つまり差別表現にあるということである。

■古地図(古切絵図)で問われていることは何か
 この点から<古地図(古切絵図)>問題を考えてみる。

 一般的に、被差別部落の地名を明記したから問題なのではない。そこに社会的な必要性や合理的理由が見出せるか、さらには社会的差別が存在しているという状況に配慮して明記しているかが問われているのである。

 たとえば「識字運動にがんばっている○○地区は、被差別部落です。長年運動にたずさわっている地域の代表者からお話を伺いました」などという記事や報道には、当然地区名が表記されよう。そこになんら問題はないし、むしろ識字に取り組んでいる解放運動の紹介であるから、書かなければ意味がない。

 しかし、「被差別部落である○○地区は犯罪者が多く、一般地域から恐れられている」という記事や報道がなされれば、差別記事として抗議されるのもまた当然だろう。

 つまり、被差別部落を犯罪や動機不可解な猟奇的事件と結びつけるような記事や報道に対して抗議しているのであって、地名を明記するか否かは二次的問題であり、地名を明記したことではなく、その表現の仕方が問われているのである。それは、先に書いた差別語と差別表現の問題と同じである。

 ただ、「穢多村」「非人村」「皮田(皮多)村」「長吏(町離)」等々、古地図上の地名については、この連載の第82回でも述べているように、それが現在の被差別部落と重なり合う場合は、必ず当該地域の代表者や関係機関に、地名表記の理由と社会的必要性を説明し、納得してもらう作業、つまり社会的配慮が必要となる。

 このような当事者との協議や議論を通して企画の趣旨を理解してもらう作業を怠ることは、ジャーナリストとして人権意識が欠けていると言われてもやむを得ない。

 学術書、啓発書ではなく一般書の場合はとくに、当該地域を代表している人物や機関を通して、出版・報道の意図を理解してもらう作業は必須条件となろう。

 最後に言っておかねばならないことは、古地図、古切絵図が持つ豊かな歴史的・文化的財産を、伏字にしたり、抹消するなどの小手先作業は、厳につつしむべきである。

 また、抗議する側にも「販売・展示中止要求」や「回収要求」をする前に、古地図、古切絵図に表記された近世被差別部落及び被差別身分名の持つ、歴史的・文化的意味と意図を社会に訴え、部落差別問題に対する理解を得ることが求められている。

 いずれにしても、部落差別をなくすことが目的なのであり、隠すことを求めているわけではないという原則的立場を意識して、この問題に取り組む必要がある。
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