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第206回 【続報】 徹底的に糺す!! 居直る部落差別煽動者・長谷川豊

 

日本維新の会から、今夏の参議院選全国比例区に出馬予定だった長谷川豊。

 

差別煽動ともいえる部落差別講演(五月一五日ユーチューブにアップ)に対して抗議の声が沸き起こり、公認取り消し(表向きは自主的公認辞退)となった。

 

そもそもの発端は、今年二月に世田谷区で長谷川が語った講演である。

 

とんでもない部落差別発言であり、前回のウエブ連載差別表現(第205回)で、その差別性を批判したように、犯罪と被差別部落を結びつける、確信犯的な部落差別煽動であった。

 

ところが……参院選出馬「辞退」が、日本維新の会より発表された六月日、長谷川は、事の顛末(てんまつ)を自身のブログに書き連ねている。

 

 

五月二二日付の謝罪

 

長谷川は、五月二二日付で「謝罪文」を出しているが、前回のウエブ連載差別表現で、「公認取り消しを避けるための方便に過ぎない」と、私は指摘した。

 

 その後、公認取り消しとなった長谷川が、六月日に書き連ねたブログは、完全な居直りと詭弁(きべん)で、五月二二日付の「謝罪文」も、まったくの嘘であったことを、自ら暴露している。

 

 まず、長谷川が五月二二日に公表した謝罪文を、全文掲げておこう。

 

 

2019年5月22日

 

現在、一部ネットで拡散されている動画

につい

全面的に謝罪致します

 

講演会でお話をした中身を改めて読みました。


 今、自分で読んでも訳が分かりません。まず身分制度の話と暴漢に襲われる話が全くリンクしていません。皆さんが読んでも意味が分からないと思いますが、僕が今読んでも意味が分かりません。ただ、とんでもない差別発言であることは、まぎれもない事実であることに気づきました。


 江戸時代を含めた中世・近世の身分制度について、きちんとした知識を有しないにもかかわらず、安易に「一部の身分の被差別者を犯罪集団だった」と言及したことは、「差別の助長」「差別の再生産」を聴衆の皆さんにもたらす弁解の余地のない差別発言です。


 私自身の「潜在意識にある予断と偏見」「人権意識の欠如」「差別問題解決へ向けた自覚の欠如」に起因する、とんでもない発言です。


 人間としてあってはならないことを犯してしまい、慙愧の念に堪えません。


 この発言を全面的に謝罪するとともに、完全撤回させてください。


 これまで、部落差別の解消、人権問題の解決に取り組んでこられた、多くの皆さまはもちろん、基本的人権の尊重を国是とする日本国民の皆さまにお詫び申し上げます。


 改めて今、ネット上で拡散されている動画内容は撤回させていただき全面的に謝罪をさせていただきます。


 これから、「人権」について全力で真剣に学んでいくことをお誓いいたします。
 大変申し訳ございませんでした。


長谷川豊

(以上、引用終わり)

 

 

殊勝な謝罪文だが、公認取り消し後の六月日付ブログを見ると、この「謝罪・撤回」は、参議院選の公認取り消しを避けるための方便で、虚偽でしかなかった。

 

長谷川豊は何も反省していない。

 

差別思想を持ったまま、今後も講演活動などを行うつもりである 

 

 

 敖甲川の主張 動画は切り取り編集されていた?】

 

長谷川は、公認取り消し後の六月日付ブログで、部落差別講演の映像は「切り取られて編集されている」として、差別発言そのものがなかった、と主張を一変させている。

 

そして、この時期にこんな映像が流されたのは、長谷川も全力で応援していた、大阪・堺市長選の維新候補に対する攻撃だと断言。だから選挙に対する否定的影響を避けるために、反省のポーズを取ったのだという。

 

つまり、維新を攻撃するために、部落差別発言であるかのように「切り取り」「編集」された、と主張するのである。

 

 

長谷川が出した「そのままの動画」も部落差別】

 

長谷川は、六月一一日にブログの追記を載せ、そこで、「切り取られ編集された動画」ではない、そのままの動画として、一月に千葉県内で行った講演動画をアップしている。

 

問題とされている動画は、二月下旬に都内・世田谷で行われた選挙応援の講演動画であり、一月の千葉での講演動画ではない(しかも、この編集された動画ですら差別講演といえる代物)。

 

なんの反証になるのかと言いたいが、実証性、客観性を全く無視した反知性主義的な迷いごととしか、言いようがない。

 

 

◆攵仍濱號  教科書の記述から身分制が消えた?】

 

さらに笑止なのは、「四段階の身分制度(士農工商)。そして、被差別階級があった、と」思っていたが、「実は日本ではその歴史自体が、なかったのではないか、と」、最新の学説で知ったという。

 

だから今では「子供たちの教科書から、その差別の歴史の記述自体が無くなっているのです」と、長谷川はうそぶく。 

 

“ちょっと、なに言ってるのか分からない”という支離滅裂な発言だが、それでも、上記五月二二日付の「謝罪文」をアップしたのは、政治的配慮と忖度からだと居直る。

 

長谷川の主張=詭弁を粉砕しておこう。

 

まず、江戸時代の身分差別は、「士農工商・穢多、非人」ではなく、「武士・平人・賤民」であり、「農工商」の間に明確な身分区分はなかったとするのが最新の学説である。

 

しかし、身分差別がなかったとは誰も言っていないし、そんな「学説」は、聞いたことも見たこともない。

 

江戸幕藩体制のもとで、「武士・百姓町人・賤民」という身分制度が確立されたことは、日本歴史上の事実であり、現在の中学・高校の歴史教科書で、江戸時代の身分制について記述されていないのではない。

 

かつて、身分制と言えば、「士農工商、その下に賤民」という三角形のピラミッドのような単純な図で示されていたが、歴史研究の進展によって、実際は「武士・百姓町人・賤民」であり、それも単純な上下関係ではなかったことが、最新の学説で明らかにされている。

(たとえば、江戸の弾左衛門は、江戸の賤民を統治するトップであり、独自の身分自治組織をもっていたのである。そして、江戸町奉行を通じて江戸百万人都市の治安を担っていた。)

 

 

【差別の核心は、被差別部落と犯罪をむすびつけて語ったこと】

 

したがって、「子供たちの教科書から、その差別の歴史の記述自体が無くなっているのです」と、長谷川が歴史的事実を否定しても、彼が江戸時代の身分制に仮託して、部落出身者を犯罪集団であるかのように描いた差別は、消えることはない。

 

「教科書から記述が無くなっているから」とか「江戸時代の身分制のありようの説明が正しいかどうか」などは関係ない。

 

被差別部落と犯罪をむすびつけて語ったことが、差別なのだ。

 

 

謝罪と撤回はポーズだったと自ら述べる】

 

 ブログで長谷川は、五月二二日付の謝罪文は、自らが書いたものではなく、日本維新の会・幹事長である「馬場さんの作ってくださった謝罪文は完璧でした」と、その舞台裏を、臆面もなく告白している。

 

つまり、「謝罪文」は、政治的意図のもとに維新の会の馬場が作った、と長谷川は述べている。

 

すなわち、差別事件を収めるための政治的偽装ポーズだったことを白状したわけである。

 

長谷川は自身の部落差別をまったく反省していないのは、この発言で明らかなのだが、ではなぜ、こんな居直りがまかりとおっているのだろうか?

 

 

【なぜ間接的抗議なのか?

 

前回のウエブ連載で、私は、長谷川豊本人宛でなく、日本維新の会宛に抗議文が出されている点について、「日本維新の会に対する公認取り消し要求は副次的・二義的な問題である」とのべたが、まさにこの点にこそ、日本維新の会を通した間接的抗議ではなく、直接、長谷川を公開糾弾しなかった、部落解放同盟中央本部の姿勢が、問われている。

 

「部落差別解消法」の成立と裏取引で「糾弾」を放棄したこと、そして直接差別者と向き合い抗議・糾弾しない運動の質、つまり度し難い日和見体質が、確信犯的差別者の長谷川の居直りを許しているのである。

 

「アリさんマークの引越社」差別事件(厚労省に行政指導を要請しただけで、日本橋にある《アリさんマークの引っ越し社東京本部》に対して、いっさい抗議していない)、また、鳥取ループ・宮部龍彦による『全国部落調査』復刻ウエブサイト版差別事件など、行政や裁判所に対応を訴えても、直接、抗議・糾弾しない(できない?)運動団体の体たらくがもたらしたものだ。つまり舐められているということ。

 

 この点についてはすでに四年前に『部落解放同盟糾弾史』(ちくま新書)の中で触れている。

 

「部落解放運動が、水平社以来取りくんできたのは、部落の相互扶助と社会的連帯をめざす自主解放の闘いである。その精神的基調が、差別に対する社会的糾弾の思想だった。これが松本治一郎精神であり、解放の思想なのだ。 内容なき抗議は空虚であり、思想なき糾弾は邪道である」。

 

長谷川豊・部落差別講演事件を、公認辞退で終わらせることはできない。

 

何ひとつ、問題は解決していない。

 

徹底糾弾あるのみである。 

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