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連載差別表現 第207回 差別発言に“本物”と偽物があるのか? お笑いコンビ〈Aマッソ〉の差別漫才

 

 

Aマッソの人種差別ネタ 

 

9月22日、「思い出野郎Aチーム」主催のイベント「ウルトラ爛侫蝓“ソウルピクニック」に出演した、女性のお笑いコンビ・Aマッソの、プロテニスの大坂なおみ選手の肌の色を笑いのネタにした漫才が指弾された。

 

ネタは、

「大坂なおみに必要なものは?」

との問いかけに、

「漂白剤。あの人日焼けしすぎやろ!」

と応えたという内容。

 

解説する必要もない、典型的な差別表現である。

 


所属事務所のワタナベエンターテイメント、主催した(株)カクバリズムと思い出野郎Aチーム、そして、Aマッソの加納・村上二人から、時を置かずして謝罪と反省文が出された。

 

謝罪・反省の内容に不十分点はあるものの、対応の早さと内容に誠意と悔悟が感じられる。

 

 

大坂なおみ選手に対するホワイトウォッシュCM事件

 

 大坂なおみ選手にかんしては、今年の1月に、自身のスポンサー企業である日清食品が彼女をモデルに制作したアニメキャラクターのCMで、肌の色を白く表現していたことが問題となり、「ホワイトウォッシュ」と強く批判された差別事件が起こったばかりである。

 

 

「ホワイトウォッシュ」とは、アフリカ系やアジア系の肌の色を白人のように描いたり、映画や舞台で、その役を白人に演じさせるなど、白人至上主義の人種差別行為のこと。

 

 非白人の大坂なおみ選手をわざわざ白く描くところに黒人への差別意識(白人優位を価値づける意識)がある。

 

大分別府マラソン出場選手に「チンパンジー」

 この事件の2か月後、別府大分毎日マラソンに出場したアフリカ招待選手を、日本人通訳の女性が、自身のブログに「チンパンジー」と書き込む差別事件が発覚。

 

 さらに9月末には、2012年に投稿されたお笑いコンビ犇眤哀丱奪“の漫才動画が、HIV差別として批判にされ、昨年12月のライブでは黒人差別を笑いのネタにしていたことも露見している。

 

 

お笑い評論家・ラリー遠田の差別的論評

 

これらの差別表現事件に対し、

 

「(黒人差別は奴隷制という歴史的背景を持つ欧米では深刻な社会問題だが)、率直に言って、黒人差別は多くの日本人にとってまだそれほど身近なテーマではない」

 

「日本人の多くはもともとそういう感覚がない。アメリカなどのレイシストが持っているような本物の差別心を、黒人に対して抱いている日本人はめったにいない」

 

などと能天気な論評をしているお笑い評論家(ラリー遠田)がいる。

 

 しかし、日本における黒人差別は、欧米の白人から刷り込まれた白人至上主義がその根底にあり、黒人を劣った存在とみなす差別意識が明確に存在する。

 

 日本社会に黒人差別が少ないのではない。白人の差別目線を通したステレオタイプな黒人像をそのまま受け入れてなんとも思わない、鈍感な日本人が多いだけである。(ウエブ連載差別表現 第204回参照)

 

この能天気なラリー遠田は、続けてつぎのようにのべる。

 

「Aマッソの今回の発言も、彼女たちの内なる差別心の発言ではないと考えるのが自然だ。つまり、これは事件ではなく事故である。差別心から発した本物の差別発言ではなく、無知や誤解からたまたま生じた差別発言なのだ。…差別心による発言とそうではないところから出てきた発言は、区別して考える必要がある。…彼女たちは無知や不勉強・不注意によって問題発言をしてしまった。そのこと自体は反省すべきだが、個人的にはここまで大ごとにするほどの問題であるとは思えない」(傍線筆者)

 

そしてラリー遠田は、こう結論づける。

「ネット上では『絶対悪を叩く正義』が参加コストの安い娯楽になっている」

 

差別表現糾弾への露骨な嫌悪感

 

 厳しい差別の現実と苦難の闘いの歴史に猝誼“で猊塋拔”なるがゆえの戯言(ざれごと)だが、ラリー遠田の主張は、安倍政権を支持する日本のネトウヨに代表されるポリティカルコレクトネス(PC)と差別表現糾弾に対する露骨な嫌悪感と反感を、中立性、客観性を装って代弁しており、看過することはできない。

(➡ヘイトデモと、それに対するカウンター行動を同列に見なす爐匹辰舛發匹辰“論の変種)

 

「発話者に差別的意図があったかどうか」は関係ない

 

 まず、最初に言っておきたいのは、差別表現か否かは発話者・執筆者の主観的意図(今回の場合、ラリー遠田のいう犧絞命“があったか否か)の有無とは、直接関係しない。

 

 被差別マイノリティに対し、差別心をもち目的意識的かつ攻撃的意図を持ってなされたなら、それはヘイトスピーチ(差別的憎悪扇動)であり、抗議の対象ではなく社会的犯罪であり、刑事罰の対象である。 

 

 差別表現とは、今回の場合のように、「ついうっかり」「なにげなく」「そうとは知らずに」発言し、執筆することが、客観的には被差別者を貶(おとし)め、嘲笑し、現実にある差別を容認し助長する表現行為のことをいう。

 

犧絞命“の「有る」「無し」で差別表現かどうかが判断されるわけではない。

 

 差別発言に猖槓”と偽物があるわけでもない。

 

 たまたまであろうがなかろうが、差別表現の対象(ネタ)にされた被差別者にとって怒りは同じである。

 

ラリー遠田の論評じたいが差別糾弾の対象だ

 

 “差別心”からではなく“不注意”からの“事故”だから「ここまで大ごとにするほどの問題であるとは思えない」とは、ラリー遠田の、差別の現実に対する無知と鈍感な感性を吐露(とろ)しているにすぎない。

 

 そればかりか、差別発言をおこなった者を庇い、抗議の声を嘲笑うこの発言じたいが、糾弾の対象になりえる暴言である。

 

 過去数十年、差別表現事件に取り組んできた筆者の経験からハッキリ言っておくが、「差別心による発言とそうでないところから出てきた発言は、区別して」考えてきたし、今も取り組んでいる。

 

「絶対悪を叩く正義」のどこが「参加コストの安い娯楽」なのか?一度ヘイトスピーチの現場に足を運び、差別の現実を直視してから語れと言っておく。 

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