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第208回 新型コロナ禍をめぐる偏見と差別

 

チマチョゴリ切り裂き事件を思い出した…

 

 新型コロナウイルス感染恐怖がもたらす差別事件が、激発している。 

 

 一例をあげれば、学生が集団感染していた京都産業大学に対する、放火までほのめかす執拗な誹謗中傷、郡山の女子大教授が感染したことで、街を歩いていた同大学付属女子高校生が、“コロナ、コロナ”との罵声を浴びせられ、制服を着るのをやめたという。

 

かつての朝鮮高校に通う女子高生のチマチョゴリ切り裂き事件を思い出す。 

 

公的支援が必要な感染者を排除、非難し、治療に全力を尽くしている医療従事者とその家族に対する差別事件も頻発している。 

 

これらは、今もつづくハンセン病罹患者と回復者、HIV感染者、水俣病患者、そして3・11福島原発崩壊による放射能汚染被害者への差別(フクシマ差別)と通底している問題である。すべて安倍政権の、後手後手で、なおかつ行き当たりばったりの愚策により生じた、社会的な不安と不満の鬱積の中で起きている。 

 

 

フェイクニュース飛びかう中で

 

 緊急事態宣言からひと月。テレビ局のディレクターから筆者に電話があり、「このような差別と偏見をなくすにはどうしたらいいと思うか?」と、ストレートに聞かれた。

 

  何よりもまず、フェイクニュースに惑わされず、感染者は被害者であり、医療従事者は感染の可能性が高い、最も困難な中で治療を行い、最前線で新型コロナと向き合い奮闘しているのだという事実を知ること。

 

  そして、一人ひとりがそれぞれの立場から、偏見と差別をふりまく行為に抗議の声を上げ、SNSなどを通じて、差別を許さない意志を発信することが、現時点では必要と答えた。

 

 差別事象の批判的報道はマスメディアの重要な役割である。だが、後で見るように政治権力の無策・愚策とごまかしを批判し、真実を明らかにする姿勢が弱い。

 

 さらに、本来いちばん重要なのは、社会的影響が大きい政治家を含む公的機関による徹底した啓発活動である。ところが、むしろ差別と偏見を助長するような発言と行動が目に余る、今の政権与党には期待できない。

 

 ヘイトスピーチに対してもそうだが、きちんとした対応と、差別的行為を禁止する実効性のある法律を制定してこなかった政治の怠慢といってよい。

 

 

「自粛警察」--歴史はくり返す

 

 コロナ感染者と医療従事者などの関係者を排除・非難する人の心の底には、感染症に対する恐怖からの自己防衛心もある。

 

 しかしそこに、差別と偏見が入り込めば、1923年の関東大震災時に朝鮮人虐殺を行った民間自警団の心情に陥ってしまう。 

 

 恐怖、偏見、差別は、放置しておけば必ずヘイトクライム〜ジェノサイドに向かうことは、歴史が証明している。

 

 コロナ禍の中で “自粛警察”なる行為が強まっている。

 

 感染者や医療従事者にとどまらず、営業している飲食店など商店への脅迫めいた張り紙や、SNSでの誹謗中傷が、蔓延している。

 

 戦前の相互監視制度でもあった“隣組”、 そして“国防婦人会”などの活動を想起させるが、関東大震災の時に政府が発令した“戒厳令”を契機に民衆が起こした「自警団」と全くの相似形だ。

 

 “自粛警察”の差別・排外主義的な言動は、ファシズムの生活現象の一つといってよい。

 

 児童公園の滑り台や砂場にカッターの替え刃を撒くなどは、すでに犯罪行為である。 徹底的に捜査し取り締まるべきだ。

    

 

 注意すべきは、これらの行為が、4月7日の緊急事態宣言以降、急速に拡大していることだ。緊急事態宣言が、戦前に出された、戦時体制下での統制法である「国家総動員法」〈1938年〉と同じような効果を発揮している。

 

 営業している商店・パチンコ店、県外ナンバー狩り、使用禁止されている児童公園の砂場や滑り台にカッターの刃を撒き、そして感染者と医療従事者の家族をも非難・攻撃し排除する“自粛警察”の跳梁跋扈が、それを証明している。

 

 

恐怖の裏にひそむ差別

 

 “自粛警察”的行為をする人々を突き動かしているのは、新型コロナ感染に対する恐怖と不安、そして行動を抑制され、自由を制限されている現状に対する不満がある。

 

 歴史的に見て、災害やペストなどの感染症が拡大する中で、社会不安が起こるのは一般的傾向だが、今回のコロナ禍の中で差別と偏見が増勢されている背景には、まちがいなく安倍政権の失政がある。

 

 本来なら、無策な為政者に向けられるべき怒りと憎悪が、なぜ感染者や医療従事者、そして自粛をしない商店に向けられるのか。

 

 そこには、真実を知らされず、為政者の愚策を隠ぺいする、「やってる感」のパフォーマンスに惑わされ、誤誘導された、倒錯した社会意識が存在する。

 

「恐怖心の裏には差別心が隠されている」  

 

 テレビ局のディレクターは、人権問題を学校教育できちっと教えることが重要と語っていたが、そこで問われるのは、「差別をしない、させない、許さない」と、子どもたちみずからが考え、行動するために、なされるべき人権教育の中身であろう。

 

 

人権を守るとは 「差別をしない、させない、許さない」こと

――「思いやり」や「心がけ」ではない

 

 以前から筆者がくり返し強調してきたのは、「人権問題の根幹には差別問題がある」ということだ。

 

 1948年に採択された世界人権宣言は、すべての人間の尊厳が守られ、平等であるべきことを誓約した。

 

 これは、ナチスによるユダヤ人差別が600万人以上のホロコースト犠牲者をもたらしたことへの痛烈な反省から出されたものだ。

 

 つまり、世界人権宣言は、「世界反差別人権宣言」なのである。

 

「人権」は近ごろ流行りの「コンプライアンス」でもなければ、「思いやり」や「道徳」でもない。

 

 人権を守るということは、「差別をしない、させない、許さない」ということ。

 

 それをしっかりと教育し、さらに具体的な差別事件を取り上げて、差別の非人間性を告発し、差別を見抜く感性を磨き、直観力を養うことが重要と話した。

 

 

五輪ありきの「コロナ対策」が招いた事態

 

 新型コロナ対策についていえば、小池東京都知事は、3月19日段階でも、今夏の東京五輪は「中止も延期もあり得ない」と断言していた。

 

 ところが3月24日に延期が決定するや、急に新型コロナウイルス感染者が増えだした。

 

 都も政府も、とにかく五輪開催ありきで、PCR検査をはじめ新型コロナ感染対策をほとんどしてこなかった一方、安倍政権は事前の準備も何もなく、3月2日に唐突に学校閉鎖を打ち出し、教育現場のみならず社会的に大きな混乱を巻き起こした。

 

 そして4月7日の緊急事態宣言により、商店などに営業自粛を求め、繁華街への外出自粛が要請され、公園の滑り台、ブランコ、鉄棒などの遊戯すべてにテープが巻かれ使用が禁止された。

 

 しかし、事業の自粛は損失の補償と一体でなければ経営破綻をもたらし、従業員(特に非正規など不安定雇用)の解雇が拡がることがわかっているにもかかわらず、休業補償も、失業補償も何もなく、生活不安を煽りもたらしただけで、何一つ緊急事態宣言後の社会生活を維持するための手立てはなされなかった。

 

 30万円の焼け石に水程度の支援金でさえ、手続きの煩雑さでほとんど実効性がなかった。

 

 全世帯マスク2個配布は愚策中の愚策だが、マスクそのものの品質に問題があり、それすら東京以外は配布されていない。

 

 さらに466億円の費用が、実は200億円だったことも判明、なおかつ正体不明の会社も受託しており、もう無茶苦茶。

 

 このような危機的状況の中で、我慢を強いられた一部の人々が、その不満の捌け口を、営業している商店や感染者及び、医療従事者や宅配業者、そして公園で遊びたい子どもたちに向けている。

 

 新型コロナ感染者を被害者ではなく「加害者」とみる心理の裏には、痴漢事件を例にとれば、「痴漢される側の服装や態度にも問題がある」という責任すり替えの、自己責任論が潜んでいる。

 

 ヘイトスピーチをくり返している差別・排外主義者の発想と変わるところがない。 

 

 

「ユダヤ人が井戸に毒」――14世紀ペスト蔓延時のデマ

 

 

 こうした危機的状況下に、デマ・フェイクニュースが加われば、1923年の関東大震災時の朝鮮人虐殺のようなヘイトクライム(差別的憎悪犯罪)が起きても不思議ではない。

 

 これは決して杞憂ではない。

 

 当時、震災の混乱に乗じて「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマが拡散され、日ごろから朝鮮人差別意識を持たされていた一般人〈自警団〉によって6000人近い朝鮮人虐殺という最悪のヘイトクライムが起きた歴史を直視すべき。

 

 差別する心理の裏には報復を恐れる恐怖心が張りついている。

 

 14世紀、ヨーロッパでペスト〈黒死病〉が猖獗を極めたとき、「ユダヤ人が井戸に毒を入れた」というデマが、当時の社会で差別されていたユダヤ人の排撃につながったことも想起される。

 

 

下からのファシズムへの対処法

 

 ではいったい“自粛警察”のような、下からのファシズム的な差別現象にどう対処すべきか。 

 

 第一に行うべきは、“自粛警察”を行う人々自身もそうだが、攻撃的行動の背景にある社会的経済的不安と不満の原因を突き止め、それを解消する政策を早急に打ち出すことだ。と同時に、実効性と即効性のある経済的な生活支援を行うこと。 休業補償と失業者給付金を軸に、外国人を含め、広く日本に居住するすべての人々を対象とした公的支援金の給付、それも新型コロナ禍が終わるまで毎月継続することだ。

 

 そして、国民に正しい情報を伝え、フェイクニュースを根絶させるとともに、実際の新型コロナ感染防止の状況を、データをもとに隠さず公表して、コロナ禍対策の現状と展望を指し示すこと。

 

 一例をあげると、東京都発表の最近の新型コロナ感染者数は、5月3日91人、4日87人、5日58人、6日38人、7日23人と発表されている。

 

 しかし、それぞれの検査実施人数は、5月3日399人、4日219人、5日109人にとどまっている。(この項『日刊デンダイ』デジタル5月7日参照) 

 

 ひと目でわかるように、5月5日は実に陽性率53%、おそるべき実態が浮き彫りになっている。

 

 都の発表する感染者数は、全くのまやかしで、減少傾向を強調するためのごまかしではないのかと疑う。

 

 感染者数の減少は “事実”であっても“真実”ではない。

 

 その後、東京都が5月8日に発表した直近一週間の陽性率は7・8%だったが、基礎データを出さないので、にわかには信じられない。

 

 なぜ、テレビをはじめ新聞は、これを徹底検証し、真実を明らかにしないのか。

 

 メディアの権力批判の怠慢とフェイクニュースといってもよい統計のごまかしを批判せず、むしろ隠ぺいにメディアが手を貸している状況は憂慮すべき事態だ。

 

 ノーベル賞受賞者の京大・山中教授が指摘したように、“陽性率”あるいは“実効再生産数”を新型コロナ感染拡大状況の判断基準とすべきだろう。すべてはそこから始まる。真実こそが人間に自由を与える。

 

 さらに、現に起こっている差別事象について、国家がおざなりな通り一遍の言葉の上だけでしか対応していない現実を踏まえ、社会的に影響力のある人々が積極的に情報発信し、差別・排外行動を抑え込む行動を起こすこと、そしてそれをマスメディアが意識的に報道し、“自粛警察”的行為を徹底批判することだろう。

 

 コロナ禍が長く続き、とくに感染者及び医療従事者とその家族に対する差別的状況が続くなら、フィリピンのマニラ市が4月2日に制定した、罰則付きの「新型コロナウイルス差別禁止条例」のような法律も考えるべき。

 

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