最新連載記事
カテゴリー
月別

記事検索
<< 第81回 「『週刊朝日』連載中止問題」と書く薄っぺらさ | 最新 | 第83回 古地図(古切絵図)の出版に当って(2) >>
第82回 古地図(古切絵図)の出版に当って
■ 過去たびたびあった古地図差別事件
 2011年の9月に、新人物往来社から、「穢多村」「非人」などが、なんの注釈も、人権上の配慮もなされずに表記された『大江戸今昔マップ』が、出版された。

 衰えを知らない江戸文化ブームに乗っかって、「東京を江戸の古地図で歩く」、「現代マップ+江戸切絵図」の意図で企画された、『大江戸今昔マップ』は、『大江戸古地図散歩』(文庫版)とともに良く売れているらしい。

 アイデアは良しとすべきだが、古地図(古切絵図)には、江戸時代の身分社会を反映して、身分、職業、居住が一体となった賤民身分について、「穢多」「非人」「かわた(皮田・皮多)」「長吏(町離)」など、様々なバリエーションを持って、記載されている。とくに人権上問題となるのは、土地を媒介にした部落差別にとって、古地図と実際の被差別部落が重ね合わされる時、出版・展示の意図に反して、いわば「部落地名総鑑」の役割を果す場合があるということである。

 すでに、このような古地図(古切絵図)の展示会や出版に対して、部落解放同盟は、40年以上前から、抗議と申し入れを行っており、悪質な場合は、糾弾に至った例もある。

 私が直接関わった事件に、朝日新聞社出版局が1984年に発行した、『朝日百科・世界の地理』(49・50号)に掲載された神戸市と高知市の古地図に、「穢多村」「エタムラ」等の地名が、そのまま記載され出版されていた件で、解放同盟と、行政当局が抗議し、朝日新聞側が回収した事件がある。古地図に記載された地名が、そのまま、現実の被差別部落の所在地と重なる時、それは、地域限定「部落地名総鑑」の意味を持つ。抗議されるのは当然だろう。

 神田の古本屋が、古地図の展示会を開いて、同様の記載をされた地図を販売し、それに対して抗議されたのは、一度や二度ではない。その時展示会を開いた古書店主は、同盟の抗議に対し、“うるさい連中”“今どき差別なんかない”などと、部落差別の現実に対し、全くの認識を欠いた発言を行っていた。それから30年以上経つが、出版・展示する側の意識に本質的な変化がないことを示したのが、今回の『大江戸今昔マップ』出版事件といってよい。

■安易な「お断り」では、何の解決にもならない
 解放新聞東京版(2013年3月15日号)にこの事件の経緯と問題点の総括的文書が載っている。一読して、言いたいことが、よく分らないが、それは、新人物往来社が出した「読者のみなさまへ」という注釈文にも表れている。これは、再版にあたって、「穢多村」「非人」という表記を塗りつぶしたことに対する釈明文だが、事の本質が分かっていないといわざるをえない。

 そこには、以下のように記されている。

図1
【読者のみなさまへ】
本書で扱う江戸切絵図の地名・文字表記は、今日の人権意識に照らすと、とうてい受け入れがたい表現が含まれております。新人物往来社は、歴史的資料については一切改変しないことを編集の原則にしていますが、本書では「穢多村」「非人」など部落差別を助長しかねない表記については一部改変をさせていただきました。著者ならびに新人物往来社は、いかなる不当な差別にも反対であり、これを容認するものではありません。
 ここで言う、「今日の人権意識に照らすと、とうてい受け入れがたい表現が含まれております」とは、図1の弾左衛門の居住した、「俗ニ新町ト云フ」、「穢多村」のことであるが、まず、これは地名であって、表現ではない。

 さらに、「『穢多村』『非人』など部落差別を助長しかねない表記については一部改変をさせていただきました」とある。ことわっておかねばならないが、差別語で「穢多村」「非人」と表記したことが、ただちに「部落差別を助長しかねない」差別表現になるわけではない。

 昨年10月の『週刊朝日』の“おわびします”が、被差別部落の地名を出したことを、差別表現として謝ったのと、五十歩百歩の釈明でしかない。

 問題の所在はハッキリしている。被差別部落に関わり、かつ現実の所在地と直結するような、しかも、「穢多村」「非人」などという差別語で表記されている古地図を展示し出版するさいには、それ相応の解説を付けるのが原則であること。これは、何も学術書に限ったことではなく、今回のような一般大衆向けの『今昔マップ』であっても基本的に同じである。

■秀逸な解説をつけることによって、啓発となる
 むしろ、きっちりとした解説なり注釈をつけることで、より多くの人に部落問題への理解をいざない、差別撤廃に向けて積極的な役割を果す啓発書にもなる。

 【読者のみなさまへ】にもあるように、新人物往来社が、「いかなる不当な差別にも反対であり、これを容認するものではありません」との決意があるなら、再版時に、しっかりとした解説書を付けて出版すべきであり、今回のような措置は、差別をなくすための行為ではなく、差別をかくすことに加担する処置との批判をまぬがれることはできない。

 その点で、白眉なのは、洋泉社発行の『歴史REAL:大江戸研究』である。このムック本の第9章は「社会保障システムの鍵を握っていた被差別民」と題され、浦本誉至史さんの秀逸の解説が載っている。

 しかし、「長吏・猿飼たちの町『浅草新町』」とキャプションのある古切絵図は、「穢多村」が消されている。「俗ニ新町ト云フ」だけしか記載されていない。

 学術書と、実用書の中間的なムック本だが、ここまで、ていねいで分り易い解説がなされているのだから、「穢多村」を削除することの方が、不自然である。

 確かに、学術書は、その読者対象及び、研究目的、さらには、発行部数などから考えれば、一般娯楽大衆誌とは違うかも知れないが、差別ハガキ事件でも明らかにされたように、差別者は解放同盟の機関紙・新聞・資料集などから、地名や人名を抜き出していたのである。つまり、学術書であれ、啓発書であれ、一般誌であれ、どのような読者対象の出版物であろうが、悪意に基づき、差別をしようという意図で、読むことは可能なのであり、その観点から言えば、きっちりとした解説がなされた一般娯楽大衆誌と学術書を区別することに、あまり意味はない。

(つづく)
| 連載差別表現 |