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第75回 ヘイトスピーチ[差別発言・憎悪発言](2)
■「表現の自由」の名の下にヘイトスピーチを行なうことは許されない
 2012年11月10日に慶応大学・三田キャンパスで開かれた国際人権法学会の「ヘイトスピーチ」に関するシンポジウムで、大藤紀子さん(獨協大学)は、ヘイトスピーチ(憎悪表現)について、1997年のヨーロッパ評議会の勧告を紹介している。

憎悪表現とは、「不寛容な精神(intolerance)に基づく、人種的憎悪、外国人嫌い、反ユダヤ主義またはその他の憎悪の形態を伝播、扇動、助長または正当化する、あらゆる形態の表現を包括する表現である」。ここで、「不寛容な精神」とは、「攻撃的ナショナリズムおよびエスノセントリズム(自民族中心主義)、差別、そしてマイノリティや移民ならびに移民の家系を有する者に対する敵意によって表現される。

つまり、①人種的な憎悪、②宗教的な理由による憎悪の煽動、③「過激なナショナリズムおよびエスノセントリズムで表現される」不寛容に基づくところの憎悪の煽動と、三つに分類している。

 そして、表現の自由との関係については、「表現の自由は、民主的社会の本質的基礎の一つであり、社会の発展およびすべての人の発達のための基本的条件である(1976年Handyside事件)」とし、欧州人権条約の「第10条〔表現の自由〕1.すべての者は、表現の自由についての権利を有する。」が優越的地位にあることを認めている。しかし、同じ第10条の2には、表現の自由の行使については、以下のように制限をもうけている。

2.1の自由の行使については、義務および責任を伴い、法律によって定められた手続き、条件、制限又は刑罰であって、国の安全、領土の保全もしくは公共の安全のため、無秩序もしくは犯罪の防止のため、健康もしくは道徳の保護のため、他の者の信用もしくは権利の保護のため、秘密に受けた情報の暴露を防止するため、または司法機関の権威および公平性を維持するため民主的社会において必要なものを課することができる。

 つまり「表現の自由」の名の下に、無秩序、無責任な言動は許されず、無制限ではないことを定めているのである。

 この欧州人権条約を受けて、加盟各国は独自に差別禁止の国内法を立法化し、条約の具体化を実行している。

 『差別語・不快語』にもあげたが、次のような実例がある。

2011年、フランスの高級服飾ブランド、クリスチャン・ディオールの英国人デザイナー、ジョン・ガリアーノ氏が、パリのユダヤ系住民が多い地区のカフェで酒に酔い、その場にいたユダヤ人に対し「ヒトラーが大好きだ。お前たちのような奴らは死んでいたかもしれない」と暴言を吐き、刑事告訴された。この差別発言によって、ジョン・ガリアーノ氏はクリスチャン・ディオールを解雇される。(『差別語・不快語』参照)

 この事件で、世界的に有名なデザイナー、ジョンガリアーノ氏に、パリ裁判所は人種差別禁止法に基づいて、2011年9月8日に罰金65万円、6ヶ月の執行猶予付有罪判決を下している。


■ガリアーノ氏に「目のつり上がったアジア人」と言われて、店を出て行った日本人
 ガリアーノ氏がユダヤ人に対する差別発言(ヘイトスピーチ)によって処罰され、ディオールを解雇されたことは、日本でも報じられた。しかし、本当の話は、それだけにとどまるものではなかったのである。

 実はこのとき、ガリアーノ氏はパリのマレ地区にあるカフェに居た中国人と日本人の観光客に対し、ユダヤ人に暴言を吐く前に“目のつり上がったアジア人帰れ”と、侮蔑する発言を行っていたのだが、中国人と日本人はなんら反論せず、すごすごと店を出て行ったことが判明している。国内にヘイトスピーチ(憎悪発言・差別発言)を犯罪として禁止する法律を持たない中国人と日本人には、抗議する意志はあっても、手法がわからなかったのだろう。

 つまり、欧州では人種差別禁止法があり、自分たちアジア人に対して、差別的言説が投げかけられた場合は、旅行者であっても訴えることができるということだ。

 日本ではヘイトスピーチの事例としてよく取り上げられている在特会(在日特権を許さない市民の会)による、京都朝鮮第一初級学校への襲撃事件(2009年12月)と奈良の水平社博物館差別街宣事件(2011年1月)がある。

 前者は、威力業務妨害と侮辱罪で執行猶予四年の有罪判決、後者は名誉毀損として、原告の在特会メンバーに水平社博物館に対し慰謝料150万円の支払いを命ずる判決が、おのおの下されている。

 日本には欧州やカナダ、オーストラリアなどと違い、ヘイトスピーチを犯罪として取り締まる法律がないが故に、侮辱罪とか、名誉毀損で訴えるしか、法的手段がない。逆にヘイトスピーチ(差別発言)に激怒して、発言者を殴れば暴行罪・傷害罪に問われかねない。

 前回でも書いたが人種差別撤廃条約の第4条(a)を留保している外務省の言い分は、憲法21条のいわゆる“表現の自由”に抵触するからということであり、また日本の法律学会の大勢も、それを支持している現状は、まったく学者の不見識というほかない。


■差別者を殴って自宅謹慎処分を受けた高校時代
 そういえば、昔、私が高校生の頃、全校生徒会で部落問題について校長や教師を批判する演説をしているときヤジを飛ばした不良を(私は決して不良ではなかった)、あとで呼び出して殴ったら、自宅謹慎処分を受けたが(差別的なヤジをとばした不良はなんのお咎めもなし)、部落出身生徒から励ましの手紙が複数自宅に届いた。すべてよくやってくれたと涙ながらの内容だったと記憶している。

 意図的、組織的な差別表現、差別煽動の挑発に安易に乗る必要はないが、法的手段に訴える前になすべきこともあるのではないかと思う。糾弾という社会闘争は、市民社会の共感を呼ぶはずだ。
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