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第74回 ヘイトスピーチ[差別発言・憎悪発言]に対する学者の無関心
■日本ではいまだ認識が拡まっていない「ヘイトスピーチ」概念
 日本ではまだ聞きなれない言葉だが、「ヘイトスピーチ」とは「差別発言・憎悪発言」のことであり、欧米ではかなり社会的認識と学問的究明が進んでおり、すでにEU圏を始めカナダなど差別禁止条例のひとつとして立法化されている。

 「IMADR-JC通信」(No.172/2012年12月25日発行)が、「日本におけるヘイトスピーチ」と題して特集を組んでいる。以前からこの問題に取り組んできた弁護士・師岡康子さんによれば、ヘイトスピーチという言葉自体は、1980年代にアメリカで使われるようになったが、国際的に定まった定義はない。しかし、ヨーロッパ人権裁判所は、「…憎悪を広め、煽り、促進し、もしくは正当化するすべての形態の表現」と定義し、人種差別撤廃条約第4条(a)は、「人種的優越または憎悪に基づく思想の流布…すべての暴力行為またはその行為の煽動」と定義している。
  
あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)

〔人種的優越主義に基づく差別及び煽動の禁止〕
 第4条 当事国は、 一人種又は一皮膚の色もしくは民族的出身からなる人々の集団の優越性を説く思想又は理論に基づいているか、又はいかなる形態の人種的憎悪及び差別をも正当化しもしくは助長しようとするすべての宣伝及びすべての団体を非難し、そのような差別のあらゆる煽動又は行為を根絶することを目ざした迅速かつ積極的な措置をとることを約束する。 またこのため、当事国は世界人権宣言に具現された原則及びこの条約第5条に明記する権利に留意し、特に次のことを行う。

(a) 人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の煽動、並びにいかなる人種又は皮膚の色もしくは民族的出身を異にする人々の集団に対するあらゆる暴力行為又はこれらの行為の煽動、及び人種的差別に対する財政的援助を含むいかなる援助の供与も、法律によって処罰されるべき犯罪であることを宣言する。

(b) 人種差別を助長し煽動する団体並びに組織的宣伝活動及びその他あらゆる宣伝活動が違法であることを宣言しかつ禁止し、並びにそれらの団体又は活動への参加が法律によって処罰されるべき犯罪であることを認める。

(c) 国又は地方の公権力又は公的公益団体が人種差別を助長し又は煽動することを許さない。

 ところが、そのマイノリティ集団に対する憎悪や差別煽動(せんどう)を禁止する条項、つまり、人種差別撤廃条約第4条(a)を日本政府は留保している。その理由は、日本国憲法第21条(集会・結社・表現の自由・通信の秘密)に抵触するからだという。一方で、日本政府は、第4条(c)は留保していないので、前都知事の石原慎太郎のたびかさなる差別煽動発言を条例違反として追求できたと、師岡さんは指摘している。
 結論として師岡さんは、「ヘイトスピーチの本質はマイノリティ集団を傷つけ、貶(おとし)め、排除するための言論による暴力」であり、諸外国の差別撤廃制度を研究しつつ、日本でも早急に立法化し、その中で、ヘイトスピーチの法規制を実現する必要があると結論づけている。

■憲法学者もヘイトスピーチ問題をわかっていない!
 その師岡さんたち国際人権法学会が、2012年11月20日にヘイトスピーチについての公開シンポジウムを慶応大学・三田キャンパスでおこなったので、聴講した。
 「欧州評議会(EU)、オーストラリア、カナダ、イギリスなどのヘイトスピーチ(憎悪表現・差別表現)規制」の具体的な内容と、立法化にいたる過程、および全国的な差別禁止法との関係など、非常に興味深く、刺激的なシンポジウムだった。
 ただ、4人の報告者の報告を受けて、国際人権法、憲法、刑法、民法の先生方が発言をしていたが、そのなかで憲法の先生が、日本の憲法学界は「人権委員会設置法」の問題や、差別表現(ヘイトスピーチ)について無関心であるとの発言には、なんなんだ? と思った。その先生の言うところによれば、学会は、差別表現や憎悪発言の問題を、話者の“品格の問題”あるいは、批判するにしても「思想の市場」にゆだねるべきであり、ポリティカルコレクトネス(P.C)運動として、(換言すれば言葉の問題として)理念実現をめざすべきという雰囲気だという。ちなみに、この差別表現(ヘイトスピーチ)の問題について積極的な発言をしている学者は、1990年に『差別的表現』(有斐閣)を出版した中央大学法科大学院教授の内野正幸氏のみだという。
 これには、正直、驚かされた。
 要するに、日本の憲法学者は、差別表現(ヘイトスピーチ)を“話者の品格”の問題であり、学問の対象と思っていないということなのだ。こんな体たらくだから、人種差別撤廃条約の第4条(a)項を日本政府は批准せず留保しているのだと、実に納得した。
 拙著の実用書『差別語・不快語』に、封書でていねいで肯定的意見を述べていただいたのが、内野先生1人であったことは、ここで記しておきたい。
 差別発言、憎悪発言(ヘイトスピーチ)は、社会的差別の存在を前提にした犯罪行為であり、“話者の品格”の問題ではない。
 話者の品格の問題として考えられるのは、社会性の乏しい、いわゆる「不快語」レベルの表現であり、社会的差別行為であるヘイトスピーチとは、次元が違う問題だ。
 差別表現、憎悪表現(ヘイトスピーチ)と表現の自由との兼ね合いの問題などは、三田でのシンポジウムを参考にしながら、次回、意見を述べたい。
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