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第69回 週刊朝日』に対する橋下徹氏の抗議の意味(2)
 解散総選挙という野田首相の愚行によって、橋下徹大阪市長の出自をめぐる『週刊朝日』の差別記事問題も影がうすくなっている。

 『橋下徹現象と部落差別』(宮崎学+小林健治)という新刊を急遽出版することになり、その執筆に追われていたが、新聞各社への説明のため訪問していて、古手の記者は直観的に問題の所在を把握していたことを知った。

■部落差別はインビジュアル(見えない差別)
 今回の問題であきらかになったことのひとつに、部落差別が、土地を媒介にした封建的身分制をもとに、近代的に再編成された賤視観念と実態的差別であるが、その姿が見えにくいということがある。つまり、差別されるメルクマールが、インビジュアルであり、問題の所在をわかりにくくしているということだ。

 たとえば、「オバマ大統領の政策と性格が悪いのは、彼が黒人だからだ」と述べれば、黒人に対する人種差別発言として糾弾されるのは当然、と世間は思う。
 しかし、今回「橋下徹の政策と性格が悪いのは、彼が被差別部落出身者だからだ」と記事に書いているにもかかわらず、それを評価し、援護した学者・文化人およびジャーナリストがたくさんいたという事実は、なにを意味しているのだろうか。
 オバマ大統領は見た目で黒人であることがわかるが、橋下徹氏は見た目で被差別部落出身とはわからない。
「差別」とは、<差異>を手がかりに、特定の個人や集団が意図的に排除・忌避・抑圧・攻撃・軽蔑の対象とされ、基本的人権(市民的権利)が侵害され、社会的に不利益を被る状態である。(『差別語・不快語』より)
 そして、<差異>とは、目の色、肌の色、髪型と色、人種・民族、宗教、言語、生活習慣などの文化の違い、区別である。その違いを主観的、非科学的、非合理的にイデオロギー化して、差異(区別)を差別に転化するのは、国家に包摂された社会関係においてである。
 しかし、土地(居住地)を媒介にした差別である部落差別は、その個人に表象される<差異>がないゆえに、一般社会に入るとインビジュアルになる。
 ここが部落差別と、ほかの差別との大きな違いであり、特徴なのである。インビジュアル、ビジュアルマイノリティと言われる所以である。

■なぜ差別的身元調査がおこなわれてきたのか
 それゆえにこそ、被差別部落出身であることを特定するためには、身元調査が“必要”なのであり、それを許さない取り組みもまた、「壬申戸籍」の閲覧禁止にはじまり、戸籍、住民票の不正所得の禁止などとして、現在も続けられているのである。
 部落解放運動は、大阪府の部落差別調査等規制等条例(2011年さらに厳しく改正された)など、各県で差別的身元調査の禁止、また土地差別調査の糾弾などを通じて、条例を克ち取っている。
 橋下大阪市長も10月18日の会見で「いま行政においては、土地調査問題については、かなり厳しくこれ対応しておりまして。土地調査について一定制約をかける条例もつくりました。」と述べているのは、以上のことを念頭に置いてのことである。

 今回の『週刊朝日』の記事は、昨年の『新潮45』、『週刊新潮』、『週刊文春』と同じく、条例などによって、社会的に禁止されている身元調査をおこなったという犯罪であり、その結果を、特定の個人の資質に結びつけ、社会的差別に組したヘイトスピーチ(憎悪表現、差別表現)であるということだ。

【追記】
 新刊『橋下徹現象と部落差別』の広告掲載を新潟日報社と聖教新聞社(創価学会の機関紙)が拒否していることが判明。やはり、記事内容ばかりでなく、広告の問題もきちっと指摘しておく必要を強く感じる。
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