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第62回 橋下徹に関する『週刊朝日』10月26日号の記事について
 昨年の『週刊文春』『週刊新潮』の記事の二番煎じというほかないが、今週の『週刊朝日』(10月26日号)で連載が始まった佐野眞一さん(+『週刊朝日』取材班)の「ハシシタ 奴の本性」の記事に対して、橋下徹大阪市長が、記者会見を開いて強く抗議している。
今回問題視しているのは、自分のルーツ、育てられた記憶もない実父の生き様、当該地域が被差別部落という話について、それがぼくの人格を否定する根拠として、先祖、実父を徹底的に調査するという考え方を問題視している。

ぼくの許されない人格が何なのかといえば、血脈、DNA、先祖、実父という発想のもとで、どんどんぼくとは無関係の過去を無制限に暴き出していくということは、公人であったとしても、認めることができないし、違うと思う。
(10月18日大阪市庁舎での橋下市長会見)
 佐野氏は、橋下市長の「DNAをさかのぼり本性をあぶり出す」と書き出し、徹底批判を企図している。「DNAをさかのぼり」とは、橋下市長の全人格を余すところなく暴露するという比喩的表現だと思うものの、記事内容の流れからすると、橋下市長の先祖にまでさかのぼって「DNA」にまつわる「血脈」をたどることで叩こうという意図が見える。

 結論を先に言えば、「DNA」=「血脈」=被差別部落出身という出自の中に橋下市長の全人格の根源があるとの視点から批判を展開しようということだが、それは誤りであるばかりでなく、社会的差別(部落差別)を助長する行為と言わねばならない。この問題については、「連載 差別表現」の「橋下徹バッシング報道から再び部落差別を考える」などで、私の考えを述べているので、そちらもあわせて読んでいただきたい。

 すでに私のブログでも触れているが、基本は、『週刊朝日』の記事内容と、橋下市長の取材拒否発言は、切り離して考えるべきだ。

 今月の新刊『ピストルと荊冠』(角岡伸彦著、講談社)に描かれた「飛鳥会事件」ように、その出自、つまり被差別部落出身(部落解放同盟員)という社会的属性と「犯罪」が、切り離しがたく結びついている場合は、書き方の問題は別にして、報道されても止むを得ない。さらに角岡氏は、当事者と何度も会い、直接インタビューをとって取材・検証している。

 しかし、今回の場合、橋下氏の政治信条、政策、手法と、彼の「血脈」=出自(社会的差別)を結びつけて論じることに、何の意味があるのか不可解。糾明すべきは、彼の人間性=性格、つまり、育った環境、受けた教育、育んだ人間関係や社会関係と、思想信条の接点である。「血脈を暴くことと、人物像を描くことは全く異なる」という橋下氏の発言は、その通りだろう。

 問題は、橋下氏が、どうも出自に誇りを持っていないことと、執筆者が出自を、橋下氏の諸悪の根源とみなしている点にある。いずれにしても、出自に誇りを持ち、日々生活している者、とくに全国の橋下姓の人にとって、迷惑千万な話だと言わねばならない。

 しかし、すでに事態は急変して、今日(10月19日)の朝日新聞朝刊に『週刊朝日』編集長がお詫びのコメントを出したことおよび次号で「お詫び」を掲載するとの記事が載っている。

 さらに朝のBS-NHKニュース、民放のワイドショーでも大きく取り上げられる社会的な関心事になっている。いまのところ橋下市長の全面的「勝利」という雰囲気だが、『週刊朝日』次号の「お詫び」および佐野眞一さんの見解などを踏まえて、次回、さらにこの問題を検討していきたい。
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