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第59回 だれを“救済”するための法案なのか―「人権救済機関設置法案」
■閣議決定された「人権委員会設置法案」
 9月19日、野田内閣は、一度はあきらめた「人権委員会設置法案」を閣議決定した。早ければ今秋の臨時国会に提出するという。

 9月4日に滝実法務大臣は「人権救済機関設置法案」について、閣内調整が不首尾に終わり、今国会での上程を断念し、9月7日にも予定していた閣議決定を見送ると記者会見で語っていた。
 しかし、一転、尖閣諸島問題で政治的緊張が高まっていたどさくさにまぎれて、閣議決定を行なった背景には、なにがあるのか。

 最大の要因は、一貫して右寄りの立場から強硬に反対していた松原仁国会公安委員長が外遊中だったことがあげられるが、出来レースの感がなきにしもあらずだ。

 法案について、右寄りの立場からの批判は、イデオロギッシュでヒステリックな批判が目立ち、論評するに値しない虚言が多いが、それとは別に“中立的”立場から宮崎哲弥氏が『週刊文春』(2012年9月20日号)で反対している論拠は、傾聴に値する。以下、宮崎氏の発言を引用しながら、問題点を指摘していきたい。

 宮崎氏はまずこの法案が、本来規制の対象となるべき国家権力よりも「私人間の人権侵害を主な対象としている」ことに疑義を発している。
そこから「人権侵害の主役(主体)である公権力が、人権侵害の対象(客体)であるはずの私人を人権侵害の廉(かど)で取り締まろうというのだ。質の悪い冗談でしかない」と語り、国家行政組織法第三条二項に基づく強力な行政機関が、法務省の外局に「人権委員会」として設置される危険性を強調する。

 そして、「人権救済機関設置の根拠の一つとされる『国際規約人権委員会の日本に対する最終見解』(一九九八年)で、人権侵害への懸念、人権擁護の勧告は専ら公権力に向けられている。」と、国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(パリ原則)を踏まえた正当な意見を述べている。(宮崎氏の発言は、すべて『週刊文春』より)

■「人権侵害救済法案」の問題点
 私は、すでにこの連載の第8回で「人権侵害救済法案」について、次のように意見を書いた。
 


2011年8月2日に、江田五月法務大臣が、「人権侵害救済法案」の基本方針を発表した。

法務省と自民党が意欲を燃やした、報道機関に対する規制条項(いわゆるメディア規制)が入っていない点を除けば、かつての「人権擁護法案」の焼き直しに過ぎない。

とくに、国家行政組織法3条に基づき、救済機関を「人権委員会」として設置するのは良しとしても、法務省の外局では意味をなさない。
公権力による人権侵害事件が、法務省管轄の入国管理施設や刑務所などで頻発していることを考えれば、人権委員会を法務省の外局とすることは、「盗っ人」を「盗っ人の親分」の監視下に置くことであり、法の公正な運用と厳格な適用は期待できない。

民主党は、解放同盟の意を受けて、マニフェストの中でも「内閣府の外局」としていたはずであり、大きな後退と言わねばならない。
 さらに、「人権委員会」の調査権限と救済に向けた法的勧告についても、強制力を持たせないとしている。韓国や欧州(EU)の人権機関の権能と比較して、相当程度遅れた内容となっている。その理由として、江田法務大臣(当時)は、<「一部の人の思いだけで提案して頓挫しては困る」と説明し、野党の理解を得ること>が大事と述べているが、罰則のない法は実効性に疑問が残る。国連の「国内機関の地位に関する原則」(パリ原則)に基づかないザル法のような人権侵害救済法案なら、妥協しない方が良い、という意見も聞こえてくる。

「権限の範囲内の状況を評価するのに必要であれば、いかなる者からも聴取し、いかなる情報や文章も入手する」「特に、機構の意見及び勧告を公表するため、直接又は報道機関を通じて、世論に働きかける」「調停により、又は法に規定された制約の範囲内で、拘束力のある決定によって、また必要な場合は、非公開で友好的な解決を追求すること」(パリ原則)

 いずれにしろ、民主党が政権政党であるにもかかわらず、旧来の自民党政権下で提出され廃案となった、「人権擁護法案」と、50歩100歩と言わねばならない。

(『連載差別表現 第8回「障害者基本法改正法」と「人権侵害救済法案」について』より)



■法案反対の四つのポイント

 法案に反対する理由は、明確である。

①法務省の外局に「人権委員会」を設置するということは、公権力に対する「法の公正な適用と厳格な適用」が期待できない。しかも見直し期間5年後には内閣府へ移管するというが(かつての“人権擁護法案”の附則では3年だった)、今でさえこんなザル法に妥協する状況であるのに、なぜ5年後に内閣府へ移管が可能なのか、説得力がない。

②宮崎哲弥氏の批判点にもあるように、私人に対する公権力の人権侵害に充分対応できる内容ではなく、この法案の主眼がむしろ私人間(しじんかん)の問題におかれている点。

③「人種差別撤廃条約」の第4条(人種的優越又は憎悪に基づく差別及び煽動の禁止)を日本政府は今なお留保しているが、それを撤回すること。つまり、ヘイトスピーチを許さない運動と連動しないと、実効性が担保できない。

【人種差別撤廃条約 第4条】
(a)人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の煽動、並びにいかなる人種又は皮膚の色もしくは民族的出身を異にする人々の集団に対するあらゆる暴力行為又はこれらの行為の煽動、及び人種優越主義的諸活動に対する財政的援助を含むいかなる援助の供与も、法律によって処罰されるべき犯罪であることを宣言する。
(b)人種差別を助長し煽動する団体並びに組織的宣伝活動及びその他あらゆる宣伝活動が違法であることを宣言しかつ禁止し、並びにそれらの団体又は活動への参加が法律によって処罰されるべき犯罪であることを認める。
(c)国又は地方の公権力又は公的公益団体が人種差別を助長し又は煽動することを許さない。
(国連『あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約』)
④実務をになう事務局職員についても規定があいまいであり、「法務局職員の横滑りではなく、人権委員会に職員の採用を含む独自の人事権を保障し、事務局も法務省本省とは別の建物に置くべきである」と、人権フォーラム21の事務局長だった山崎公士氏も語っている。さらに山崎氏は「人権委員会の財政的独立性がなんら担保されていない」と指摘し、そのための条文を明記すべきとしている。

 総じて、調査権限、罰則規定、救済に向けた強制力に欠けているという問題点がある。

 しかし、なによりも重大な欠陥は、公権力(とくに法務省管轄の刑務所、拘置所、入国管理局、そして警視庁、検察庁関係)の人権侵害に対する監視の視点が弱いことである。
| 連載差別表現 |