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第101回『はだしのゲン』閲覧制限―教育委員会の拙劣な対応
■松江市教育委員会の『はだしのゲン』閲覧制限
 8月26日、松江市の教育委員会が、昨年12月から閲覧制限を設けていた、『はだしのゲン』の閉架を止めることを決めた。当然の決定だろう。

 原爆の悲惨さを題材に、旧日本軍による「三光作戦」などの虐殺行為を描いた、『はだしのゲン』は、中沢啓治氏が描いた漫画の名著である。

 在特会など、ごく一部の偏執な意見を持つ「市民」の抗議に怯えて、事なかれ的なお役所対応で、閉架処置をとったのだろうが、まったく主体性を持たない小官僚のなせる悪行というほかない。撤回した理由も、事務局が独断で決めた「手続上の問題」にすり替るなど、本質的な内容に何ひとつ答えていない。

 8月27日付朝日新聞朝刊は、この問題について、識者二人の意見を載せている。これはまったき正論といわねばならない。

 一人は、教育評論家の尾木直樹さん。尾木さんは、「教育的配慮と規制は違う」とした上で、「『子どもの権利条約』で定められた情報へのアクセス権を侵害しかねない、きわめて乱暴なやり方だ。」と、世界の人権基準に照らしても問題があると、広い国際的視野を持って閲覧制限処置を批判している。

 もう一人は、呉智英(くれ・ともふさ)さん。論語のすぐれた思想家としてだけではなく、漫画評論家としても名高い呉さんの意見は、要約するのがはばかれる程の達見なので、全文引用する。
■ゲンは政治性超えた文化
「はだしのゲン」文庫版などに解説を書いた評論家の呉智英さんの話
「誤った歴史認識を植え付ける」とか、「反戦・平和の象徴」といった単純な文脈でのみ捉えるのは視野が狭いと言わざるをえない。この作品の本質は被爆体験の悲劇とともに、不条理な運命への怒りを強烈に描ききった人間ドラマだ。政治的スローガンを超えたところに素晴らしさがあり、だからこそ長い間、日本だけでなく世界中で読み継がれてきた。一部の「過激な描写」を理由に、作品すべてを否定するような松江市教委の対応は拙劣だ。ゲンは「現代の民話」であり、多くの人々に親しまれた日本の文化。市教委は子どもの教育について、何も考えていなかったに等しい。
(『朝日新聞』2013年8月27日)
■蔓延する排外主義
 そして、現下の社会運動に課せられた最重要任務は、この問題の原因を作った「在特会」などの偏狂なナショナリズムを徹底的に粉砕することだ。

 新大久保などでのヘイトスピーチデモの禁止が叫ばれ、山形県では、生涯学習センターの使用を拒否され、そして、松江市での策動も失敗に終わった。この流れをより一層確実なものにしなければならない。そのひとつのエポック・メーキングとなるのが、9月22日に新宿中央公園で12:30から開かれる、「差別撤廃 東京大行進」だ。

 1963年、人種差別(黒人差別)撤廃を掲げて行われた、ワシントン大行進の意図を踏まえ、50周年記念を祝して行われる、今回の「差別撤廃 東京大行進」に是非参加して、人種差別を含むあらゆる差別反対の声を上げてほしいと願う。

差別撤廃 東京大行進  http://antiracism.jp/
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