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第51回 水平社博物館への差別事件
■水平社博物館への差別街宣事件
 去る六月二十五日、奈良地方裁判所において「川東差別街宣裁判」の判決が出された。判決は当時、在特会(在日特権を許さない市民の会)の関西地区担当副会長だった川東大了の差別語を使った演説が、“名誉毀損”に当たるとして、慰謝料一五〇万円の支払いを命じた。

 事件のあらましを、判決文から一部引用する。
被告(川東大了のこと―筆者注)は、平成23年1月22日午後1時過ぎから、水平社博物館前の道路において、ハンドマイクを使用して、次のとおりの演説をした。そして、被告は、上演説の状況を自己の動画サイトに投稿し、広く市民が視聴できる状態においている。

「なぜここでこうやってマイクを持って叫んでるかといいますと,この目の前にある穢多博物館ですか、非人博物館ですか、水平社博物館ですか、なんかねえ,よく分からんこの博物館」「この水平社博物館、ド穢多どもはですねえ、慰安婦イコール性奴隷だと、こういったこと言ってるんですよ。」「いい加減出てきたらどうだ、穢多ども。ねえ、穢多、非人、非人。非人とは、人間じゃないと書くんですよ。おまえら人間なのかほんとうに」「穢多とは穢れが多いと書きます。穢れた、穢れた、卑しい連中。文句あったらねえ、いつでも来い。」
 なんともおぞましい限りの差別言行だが、水平社博物館側には、事前に地元警察から連絡があり、「手を出さないように」と言われていたという。

 裁判所は、次のように「被告の不法行為の成否」の判断を下している。
被告は、原告が開設する水平社博物館前の道路上において、ハンドマイクを使用して「穢多」及び「非人」などの文言を含む演説をし、上記演説の状況を自己の動画サイトに投稿し、広く市民が視聴できる状態においている。そして、上記文言が不当な差別用語であることは公知の事実であり、原告の設立目的及び活動状況、被告の言動の時期及び場所等に鑑みれば、被告の上記言動が原告に対する名誉毀損に当たると認めるのが相当である。
「穢多」「非人」などの言葉が差別語(判決文では“差別用語”)なのは「公知の事実」と認定し、さらに差別言行を行なった場所と状況を考えれば「被告(川東)の上記言動が原告(水平社博物館)に対する名誉毀損に当たる」という判断を、奈良地裁は下したわけである。

 注目すべきは、現下のような状況で差別語を用いること、また意識的に差別する意図を持って発した場合は、“名誉毀損”の罪に問われると裁判所が判断したことだろう。
 裁判所に訴えたのだから、これは名実ともに勝訴であり、喜ばしい限りである。

■差別行為をやめさせることが第一
 しかし、ひるがえって事件をその始まりから考えてみると、従来の部落解放同盟の運動スタイルと、なぜかなじまない気持ちを、筆者としては払拭しきれない。

 理由のひとつは、たとえ警察から事前に連絡があったにせよ、眼前でくり広げられる、聞くに耐えない差別言動を、黙ってみているだけでよかったのか、対処の仕方として不満を感じなかったのかという点だ。

 少なくとも、かつての解放同盟なら、その場で発言者・川東は言うに及ばず、その光景をビデオにおさめていたであろう人物を含め、発言と撮影を阻止すべく、迅速に行動をしたであろうことは、想像に難くない。

 差別に対する怒りをもとに、差別者を糾弾することにこそ、部落解放運動の生命線なのだ。

 全国水平社創立大会(1922年3月3日)の大会決議第一項は、次のように述べている。
「一、吾々に対し穢多及び特殊部落民等の言行によって侮辱の意志を表示したる時は徹底的糾弾を為す」
 この全国水平社の精神から見て、今回の裁判所に訴えるだけという処置は、運動団体の見地からして果たして妥当なものなのかどうか、考えざるをえない。差別禁止法と人権機関が整備されていない現状を鑑みれば、公的機関に訴えるという手法も充分考慮に入れるべきとは思うが、眼前で行なわれている差別に対して、ただ傍観しているだけでよかったのかと思うのは、私一人ではないだろう。

 もちろん、彼ら在特会の差別的言行を実力で阻止すれば、暴行罪、傷害罪、あるいは、撮影機材などを破壊すれば器物損壊罪に問われる可能性は多分にあり、逮捕拘留という事態も想定される。

 しかし、あえて言いたい。差別言動がなされたとき、まず行なうべきは、その行為を止めさせることである。その阻止行動が、犯罪に問われるなら、差別禁止法も政府機関も存在しない日本の人権政策の貧困さを、逆に浮かび上がらせることになるのであり、むしろ本望と言ってさしつかえない。

 部落解放同盟奈良県連合会の委員長で、水平社精神を体現している川口正志水平社博物館理事長は、判決後の総括会議で、次のように語っている。
「われわれは損害賠償金を求めているのではない。差別街宣を、名誉毀損ということでしか訴えることができない現行の法体系の不備を明らかにし、あらためて救済制度の確立をめざすことが重要である。また、今回の判決で、差別言動を当然の社会悪として認定させたことは、大きな成果である」(『解放新聞 中央版』7月9日号
 以前にも、この連載で取り上げたと思うが、2011年にフランスの高級服飾ブランド、クリスチャン・ディオールの英国人デザイナー、ジョン・ガリアーノ氏が、パリのユダヤ系住民が多い地区のカフェで酒に酔い、「ヒトラーが大好きだ。お前たちのような奴らは死んでいたかもしれない」と暴言を吐き、刑事告訴されている。この差別発言によって、ガリアーノ氏はクリスチャン・ディオールを解雇された。それは、フランスには「人種差別禁止法」があり、差別発言(差別表現と差別の宣伝、煽動)は犯罪だからである。ガリアーノ氏に対して、2011年9月8日、パリ裁判所は、罰金65万円、6ヶ月の執行猶予付有罪判決を下している。

 しかし、法律があろうがなかろうが、差別言動=社会悪であり、犯罪なのだ。それ故、それを批判し、止めさせる行為は、一定の社会通念上の則を超えない範囲において、自力救済行為として、すでに1988年に出された八鹿事件高裁判決で認められている権利なのである。

 この糾弾権は、先達の血と涙の結晶なのであり、部落解放運動が獲得した社会的権利なのである。川口正志委員長の胸のうちを思うとき、忸怩たる思いを抱えるのは、すべての部落解放同盟員に共通する感情ではないかと思う。
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