最新連載記事
カテゴリー
月別

記事検索
<< 第48回 橋下徹大阪市長選圧勝の意味を改めて問う | 最新 | 第50回 「他力本願」の意味と用い方をめぐる“論争” >>
第49回 『藪原検校』(井上ひさし作)から差別表現を考える

■すばらしい舞台と役者たち
 先日、井上ひさし氏の戯曲『藪原検校』を観劇する機会に恵まれた。筋立ては次のようなものである。いわれあって盲目に生まれた“杉の市”が、悪のかぎりをつくして検校(盲人の仲間組織である当道座の最高位)に上りつめるも、最後はみせしめに断首される。だが、同じ検校の塙保己一(*註)と対照させることによって、盲人社会内部の闇を衝く、同情とお涙頂戴の視覚障害者物語とは一味違う作品。

 舞台は、主役の“杉の市”を演ずる野村萬斎を始め、芸達者の役者がそろい、見ごたえのあるすばらしい公演だった。

 ただひとつ残念に思ったのは、パンフレットの冒頭に掲載された「いわゆる差別用語について―朝日ジャーナルの匿名批評家に寄す」と題した“前口上”についてである。


■1970年代ジャーナリズムの思考停止への井上ひさし氏の怒り
 この文章は、1973年の初演終了後、『朝日ジャーナル』に「盲という差別的なコトバが連発されている。これははなはだけしからぬことであり、盲人を不当におとしめるものである。わたしは、ここに作者の志の低さを見た」と、「盲」というその言葉の使用のみで批判されたことにいたく立腹して井上氏が書いたものだ。当時、被差別マイノリティからの差別表現への抗議活動が活発になったことを受けて、NHKを始めマスコミ各社が差別語を「放送禁止語」にして事足れりとする姿勢へのいらだちも手伝って、匿名批評を罵倒している。

 その論旨は、障害者の置かれた差別的社会情況をそのままにして、言葉だけを禁句にする行為は、「最も金のかからない方法で彼等(障害者)を慰めようとした」もので、実のところ政府のおざなりで貧困な社会福祉政策を免罪するものであり、「実体はそのままで、レッテルだけを貼り」替えたに過ぎないと、真っ当に批判している。

 しかし、「先の批評文は、こういった噴飯もののエセ人間的情況とぴったり見合って」おり、「盲人のための舗道、盲人のための図書館、盲人のためのたくさんの働き口、そして盲人のための年金、そういったものが、盲人たちの生活をすこしでもよい方へ向けることによって、彼等もすこしは仕合わせになれるのである。方法はそれだけしかないのだ。盲や盲人などというコトバを辞引から削ったところで、彼等のためには屁の支えにもなりやしない。(*傍点筆者)」と決めつけている点には承服しがたい。

■「言葉を換えても差別的実態は変わらない」のではない
 1970年代当時、差別語・差別表現に抗議する被差別マイノリティの団体や個人に“言葉狩り”反対の名の下に強調されたのが、上述のような主張であった。いわく「差別語・差別表現を追放し、禁止にしても実態が変わらなければ意味がない。単なる言葉の言い換え(すり替え)で、欺瞞でしかない」などと、表現者の側から指摘されたのだが、差別的な言葉を批判し、別の言葉を創造し、その言葉で差別の現実を逆照射することによって、差別的実態の変革を迫ることは極めて重要で、かつ有効な方法であることは、すでに決着のついている問題である。

 さらに、筒井康隆氏が「文化としての小説がタブーなき言語の聖域になることを望んでやまぬ」(「断筆宣言」より)と述べたことに対しても、芸術至上主義であり、表現の自由に他者を差別する自由は含まれていないと、すでに批判されている。

 差別語と差別表現の問題は、すぐれて差別的文化(支配者の文化)の問題であり、それを克服する取り組みこそ、自由を平等を求める文化活動なのである。

■2001年、井上ひさし氏が語った「『差別語』をめぐる自分の中の原則」
 井上ひさし氏は、2001年、つまり前述の“前口上”を書いた27年後に、出版・人権差別問題懇談会の10周年記念講演の中で、次のように自身が考える原則を掲げ、そう考えるに至った経緯を語っている。

「『差別語』をめぐる自分の中の原則」として、


1)その人にはどうにもならないことを批判の基準にしてはいけない
2)嫌な思いをしている人を笑う権利は誰にもない
3)言葉は凶器になることを自戒する
4)言い換えは絶対によす
5)作家は言語の生産者
6)批判を恐れてはいけない


 井上氏は、かつてNHKなどから「『めくら』は一切だめだ」と言われたころのことを回想しながら、「そのころは、私は単純に言葉を換えても実態がある以上それはごまかしに過ぎないとか、まあ偉そうなことを言ってたんです」と述懐されている。

 そして、『藪原検校』についてもふれ、「まあ長い間いろいろあった末、やはり文脈を問題にしようという時代になってきていると思いますね」と、問題は差別語の使用ではなく表現の差別性にあるという認識を示している。

 また、同じ講演の中で「作家は言語の生産者」であり、「我々の言語商品というのは、常に社会の中へ、社会に向かって流通するということでして、社会に向けて開かれているわけです。…(中略)…その社会から批判を受けることを恐れてはいけないと、批判は常に受け入れなければならないと思います」と語っている。(井上氏の言葉は、すべて出版・人権差別問題懇談会10周年記念講演記録「ことばと差別」より)


 それを考えるなら、1974年12月に書かれた“前口上”は、言葉のみを問題とし、文脈を読みきれなかったような『朝日ジャーナル』の批評に対する怒りから発せられた、被差別マイノリティの存在と意見が反映されていない、多分に誤解を招く文章であり、井上ひさし氏の本意でもない。現在の公演パンフレットの冒頭に掲げるべき内容ではないと思う。


*註 塙保己一(はなわ ほきいち)は、江戸期に実在した盲人の国学者で、当時の記録や史書、手紙などあらゆる文献を集め、『群書類従』として編纂した人物。井上氏は、彼を評して「<めあき>に負けてたまるか」という、ものすごい意志の力があって、あんなに大きな仕事を成し遂げることができた。…(中略)…普通の晴眼者、目の開いている人たちを凌駕した。では、一方で、普通の<めあき>にはとってもできないようなものすごい悪事を目に見えない者がやって、盲人は、むしろ<めあき>よりももっと悪いことができると考えた若者がいたら、そうしただろうというのが、僕の『藪原検校』という芝居なんです」と語っている。

最後に蛇足ながら、「藪原検校」についての井上さんの思いは、2001年の出版・人権差別問題懇談会10周年記念講演の席上で、じかに聴いたことであることを、付け加えておきたい。
| 連載差別表現 |