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第48回 橋下徹大阪市長選圧勝の意味を改めて問う
 昨年11月に行なわれた大阪府・市のダブル選挙については、この連載で何度も取り上げてきた。その大半は、『週刊文春』『週刊新潮』の度し難い差別的ネガティブキャンペーン批判にあてられてきたが、今回は少し視点を変えて、橋下徹氏圧勝の意味について考えてみたい。それは、なぜ差別キャンペーンをものともせず、橋下氏が選挙戦に勝利できたのかということについてである。
 当サイト32回〜39回の〈連載差別表現 橋下徹バッシング報道から再び部落差別を考える〉と題した連載の冒頭に、次のように書いた。

昨年11月27日に投開票された、大阪府・市のダブル選挙は、大阪のみならず全国的に大きな関心を持たれていた。それは、地域政党『大阪維新の会』の代表で、大阪府知事を辞し、今回の大阪市長選に立候補していた橋下徹氏の政治的パフォーマンスが、国民的注目を集めていたからであった。市長選では『大阪維新の会』単独公認の橋下氏に対し、民主党はもとより、自民党・公明党・社民党、果ては共産党までが反橋下・平松支持を打ち出すという、前代未聞の選挙戦となった。11月13日の告示日を前にした、事前のマスコミ世論調査では、3〜5ポイント差で橋下有利という結果が出ていた。
このような過熱した選挙選が繰り広げられている、まさにその真っ只中の10月27日に、『週刊新潮』と『週刊文春』(共に11月3日号)が、センセーショナルな新聞・中吊り広告と共に発売された。
連載第32回

 両誌の広告には、次のように書かれていた。
〈血の雨が降る「大阪決戦」! 『同和』『暴力団』の渦に呑まれた独裁者『橋下知事』出生の秘密〉(『週刊新潮』2011年11月3日号)

〈橋下徹42歳書かれなかった『血脈』〉(『週刊文春』2011年11月3日号)
 要するに、週刊誌に先行した『新潮45』(2011年11月号)が「暴いた」ように、「橋下徹の父親は暴力団員であり、被差別部落の出身者である。こんな奴を市長に選んで良いのか」という、反橋下のネガティブキャンペーンが展開されたわけである。
 しかし、両誌の意図に反し、このネガティブキャンペーンは、かえって橋下氏への同情票を呼び起こし、結果は周知のように事前予想を上回る圧勝で幕を閉じた。
 冷静に考えてみると、これは大事件である。橋下氏は、この差別的なネガティブキャンペーンにツイッターなどを駆使し、総力で反撃した。
 今、そのときの反撃内容を読み返してみると、自身が被差別部落出身と世間から見られてもやむをえないし、それを否定する意志はなく、むしろ「それがどうした」と言わんばかりの強烈な反駁を行なっている。
 つまり、橋下氏は、自分の父親が被差別部落出身者であることを認めた上で、換言すれば被差別部落出身者という社会的属性を隠さずに、しかも無責任な広言の中で苛烈な選挙戦を戦ったのである。

 橋下氏は自身のツイッターの中でつぶやいている。
〈「僕の生い立ちは結構。しかし、僕のはるか昔に死んだ実父の出自、行状、死亡経緯は僕の何のチェックに役立つんだ? 僕は実父に育てられたわけではない。僕の苛烈な言動は、その実父の何に源泉があると言うんだ?」
「今回の報道で俺のことをどう言おうが構わんが、お前らの論法でいけば、俺の子供にまでその血脈は流れるという論法だ。これは許さん。今の日本のルールの中で、この主張だけは許さん。バカ文春、バカ新潮、反論してこい。俺に不祥事があれば子供がいても報じろ。俺の生い立ちも報じろ」
「血脈を俺の現在の言動の源泉というなら、子供も同じということだな。個人の人格よりも血脈を重視すると言う前近代的な考えだ」〉

〈「妹も初めてこの事実を知った。妹の夫、その親族も初めて知った。妻やその親族も初めて知った。子供に申し訳ない。妹夫婦、義理の両親親族、皆に迷惑をかけた。メディアによる権力チェックはここまで許されるのか」
「子供は親を選べない。どのような親であろうと、自分の出自がどうであろうと人はそれを乗り越えていかざるを得ない。僕の子供も、不幸極まりない。中学の子供二人には、先日話した。子供は、関係ないやん!と言ってくれたが、その方が辛い。文句を言ってくれた方が楽だった」〉

(これら橋下氏による反論のポイントは連載第25回〜26回“橋下徹大阪市長は、被差別部落出身者か―部落民とは誰か”を参照のこと)

 要は、大阪市の有権者の大多数が、この事実(橋下氏が被差別部落出身者であること)を知った上で、橋下氏に投票したのである。結果、60.92%(前回比17.31%)という40年ぶりの高投票率の中、橋下氏は750,813票(得票率58.96%)を獲得し、2位の現職・平松邦夫候補に、23万票余りの差をつけての大勝となった。

 はっきりしているのは、大阪市民は被差別部落出身者の橋下候補に対し、差別意識による忌避行動ではなく、積極的な投票行動をとったことである。しかも、部落差別意識が色濃い大阪において、いわば差別の壁を打ち破り、当選したことの意味は大きい。つまり、橋下氏は自身が語った「自分の出自がどうであろうと人はそれを乗り越えていかざるを得ない」を実践したのだ。それも被差別運動団体が「擁護しない」と言明している状況下で、一人で闘いぬいて勝利したのである。

 農村部、都市部を問わず、20世紀は部落差別が厳しい時代だった。都市化の進行と農村共同体を基盤とする地域共同体の解体は、果たして差別意識(とくに大阪市における)を希薄化させたのであろうか。

 そうではなく、橋下徹氏のカリスマ性とポピュリズム的政治手法が差別意識を眠らせたのであって、対象者が違えばいつでも差別意識は覚醒するのであろうか。

 ひとつ、重要なことは、どちらかというと進歩的、革新的な(という意味でのみ、差別意識が強くない)人々の多数が、反橋下的であるという事実だ。逆に言えば、以前から差別意識が強いと思われていた大阪市民が、あえて橋下氏に投票したことの意味は大きい。

 もし仮に、橋下氏が日本国籍を取得した在日韓国・朝鮮人の二世、三世だった場合(この場合「帰化朝鮮人」などと揶揄されるだろう)は、どうだっただろうか。それでも、大阪市民は橋下候補に投票したのだろうか。深く考えたい問題だ。そこまで掘り下げて考えないと、今回の選挙の評価が浅薄なものになってしまう。

 橋下氏徹大阪市長選圧勝の意味を過小評価したり、一過性の出来事と見なしたり、「暴力団を親戚
に持つという反社会的情報を遮蔽するために、被差別部落出身者ということを前面に出したのである」などという皮相な珍説にふりまわされてはいけない。

 今回、大阪で起きたことは、社会構造の変化に根ざした本質的な意識の変質の前兆のようにもみえる。少なくとも、新自由主義経済政策による格差拡大は、差別意識を社会に増幅させているのだが、ではなぜ、上記のような悪条件の中で、橋下氏は当選したのか。それをめぐる社会意識を深く分析することが必要だ。

 橋下氏の大阪市長選圧勝の衝撃波は、いまだ衰えてはいない。

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