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第47回 絵本『ちびくろサンボ』と黒人差別―「サンボ」という言葉
 先日、某テレビ局考査部の人から相談を受けた。

 内容は、絵本『ちびくろサンボ』の「サンボ」という言葉は差別語なのか、ということだった。
 研究者によれば、インド、ネパール、チベットのシェルパ人達の間で、「サンボ」「マンボ」「ジャンボ」はごくありふれた名前であり、そこから「サンボ」と名付けたのであれば、差別語とは言えない。しかし、アメリカでは、実際にアフリカ系アメリカ人に対する蔑称として「サンボ」があるので、使用する場面に応じて、注意すべきと答えた。拙著『差別語・不快語』でもその点は、あまり突っ込んで書いてはいなかった。

 ここで、日本では1980年代後半に、抗議により絶版になった絵本『ちびくろサンボ』について、すこし考えてみたい。

 まず絵本『ちびくろサンボ』の出版の経緯について、振り返ってみたい。

 日本では、1953年に出版された岩波書店版が初出とされている。しかし、もともとの原作であるスコットランド人のヘレン・バンナーマン版ではなく、1927年にアメリカで出版されたマクミラン社版にもとづいて出版されたものである。

 イギリス陸軍の軍医だった夫に同行していたインド滞在中に、ヘレン・バンナーマンが自分の娘たちのために私家版として作ったのが『The Story of Little Black Sambo』である。アメリカ版の、フランク・ドビアスのイラストは、インドの子どもをアフリカ系黒人の子のように描き、原著と違い人種差別的な色合いを帯びたものだった。(もとよりアメリカ大陸やアフリカ大陸にトラはいない。)

 つまり、ステレオタイプ化された黒人像を描いたわけである。しかも、ストーリーが黒人を蔑視している、などの理由に加え、「サンボ」という呼称そのものが、アメリカでは黒人に対する蔑称でもあり、1960年代の公民権運動のさなかに黒人団体から抗議を受け、絶版になった経緯がある。

 しかし、日本では、直接抗議する黒人団体もなく、1980年代後半まで放置されてきたのだが、被差別マイノリティーによる差別語・差別表現糾弾の声の高まりの中で、岩波書店版を初め、全ての『ちびくろサンボ』の絵本が1990年までに絶版となった。(その後1999年に径書房から原著に基いた『ちびくろサンボのおはなし』が刊行されている。)

■黒人差別の隠語的表現として使われる『Sam and the Tigers』(『ちびくろサンボ』)
 ところで、「サンボ」という言葉が差別語かどうかについてだが、アメリカではやはり「サンボ」は黒人に対する蔑称として、批判の対象になっている。

 「サンボ」は、スペイン語の「ZAMBO」(猿、がにまた)を語源としているといわれ、それが、アメリカで黒人蔑視表現としてある。

 また、イギリスでは、黒人のことを差別的に表現する際、『ちびくろサンボ』の題名「Sam and the Tigers」をもじって「ST」という略語で隠語的に表わすことがある。この「サンボ」は、中南米先住民族インディヘナと黒人の子として想定されている。イギリス社会は差別語使用によって刑罰を受けるため、とくに上流階級は直接的な表現ではなく、物語や古い詩を引用するのだ。

 原著は、地元のごく一般的な人名として「サンボ」を使用していた可能性が高い。しかし、同じ「サンボ」であっても、そうした差別語として使用され、流通してきた経緯があるアメリカなどでは、誤解を招かないように別名にすべきだろう。
しかも、インド人の子どもをアフリカ系アメリカ人の子どもとして、ステレオタイプ的に描いているのだから尚更だ。

 卑近な例だが、「バカチョンカメラ」の名称で、コンパクトカメラが発表されたとき、「チョン」という言葉 が在日韓国・朝鮮人に対する蔑称、つまり「チョン公」などと同一視されて使用されなくなった例がある。

 言うまでもなく、この場合の「チョン」は「おろかな者、取るに足りない者」などを意味しており、在日韓国・朝鮮人を差別する蔑称「チョン」とは直接関係がなかった。

 しかし、意図的に「バカチョン」を在日韓国・朝鮮人差別と結びつけて揶揄するに至って、使用がはばかられるようになったわけである。
外国の書籍や映画を翻訳する場合もそうだが、もともと差別的意図を持たない言葉であっても、それが使われるときの社会関係を考慮して、日本語に訳すなり表記することが大事だ。

【参考資料(『差別語・不快語』より)】
■日本における黒人差別表現
 日本で、黒人差別表現が大きな問題となったのは、1980年代にワシントン・ポスト紙の記者が、都内の百貨店でおもちゃの“サンボ”を見て驚き、また、別の百貨店で黒人のマネキンを見てそのあまりにステレオタイプ化された、人種差別的な黒人像についての記事を本国アメリカに送り、大きくとりあげられ、記事が日本に逆配信されたところからはじまっています。

 黒人キャラクター商品をつくった日本人の制作者に悪意があったとは思いませんが、表現された黒人像は、すでに1930〜40年代のアメリカで批判されてきたものだったわけです。ステレオタイプ化された黒人像の源流には、あからさまな侮蔑がありました。その後、マネキンなどは、即刻撤去されましたが、時の内閣をも巻きこんだ、日米間の国際問題にも発展しました。

 同じ時期、絵本『ちびくろサンボ』も黒人に対する偏見を助長する内容があるとして抗議を受け、出版各社があいついで絶版にしています。しかし1991年には、一斉に絶版にしたことの是非をめぐり、さまざまな意見を集めた『「ちびくろサンボ」絶版を考える』(径書房)などが刊行され、その後、ヘンナ・バンナーマンの原作をそのまま日本語訳した『ちびくろサンボのおはなし』(径書房)が1999年に、そして、2008年にフランク・ドビアスの挿絵で、『ちびくろサンボ』(径書房)が出版されています。出版元の径書房は、「なぜ差別なのか、なぜ絶版にしたのかをきちんと知りたい。結論を急がず、差別問題を考えるための手がかりとなるような本を、というのが出版の動機だった」と、語っています。

(201P)
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