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第46回 “被爆2世”に対する差別意識について
 「広島への原爆投下から10年以内に生まれた被爆2世について、両親のどちらかが被爆した人に比べて、両親ともに被爆した人の白血病の発症率が高いことが、鎌田七男・広島大名誉教授(内科学)のグループの研究でわかった。」と、6月4日の朝日新聞朝刊が報じている。「放射線の被爆者の子どもへの遺伝的影響は確認されていない」と断った上での記事だが、重要な問題を含んでいるので、今回取り上げることにした。

 というのも、拙著『差別語・不快語』を読んだ様々な立場の読者から、色々と重要な指摘を受けたが、そのなかに、この被爆2世に対する問題があった。

 中央大学法科大学院教授の内野正幸先生から、著書『表現・教育・宗教と人権』と併せて手紙をいただいた。内野先生は、『差別的表現』(有斐閣1990刊)を著されてもいる方で、また先生自身が「被爆2世」でもある。

 先生から頂いた手紙には、『差別語・不快語』の88頁にある
■被爆者差別

太平洋戦争末期、1945年8月6日・広島、8月9日・長崎に、アメリカ軍によって、無差別大量殺人兵器・原子爆弾が投下され、多くの一般住民の生命が奪われました。人口35万人の広島市で14万人、人口24万人の長崎市で7万4千人の生命が、一瞬にして失われました。その後も、多くの市民が被爆にともなう原爆症によって、白血病や甲状腺ガンなどを発症し、後遺症に長年苦しんでいます。また、胎児のときに被爆した「胎内被爆者」、被爆者の子の「被爆2世」、その孫の「被爆3世」にも、被爆による健康障害がさまざまな形であらわれています。

という記述のなかの、とくに、「被爆者の子の『被爆2世』、その孫の『被爆3世』にも、被爆による健康障害がさまざまな形であらわれています。」という表現に対し、疑問を呈されていた。

 内野先生は、〈「被爆2世」をめぐる事柄には、過去30年以上にわたって留意してきており、『差別語・不快語』にある「被爆者差別」の記述は「客観的な事実とはいえない」〉と指摘され、さらに、〈親の被爆が原因で2世が健康障害を受けたことが明らかである、という事例は過去60年以上の年月で一件も報告されていない〉と強調されていた。

 その後、昨年(2011年)10月に、出版人権・差別問題懇談会の現地研修で長崎を訪れたとき、長崎市の原爆資料館に行く機会があったので、注意して展示をみていたところ、次のようなパネルに出会った。

「胎内被爆者と被爆2世への影響」
「母親のおなかの中で被爆した人たち(胎内被爆者)のなかには、原爆小頭症などの障害が出た人もいたが、妊娠8〜15週の間に被爆した場合にリスクが高いことが知られている。また被爆者を親にもつ子ども(被爆2世)に異常が増えているかどうかについては、1940年代後半から続けられている調査の結果、これまでのところ異常が増えたという証拠は得られていない。」

 このように内野先生の指摘されたことと同じ内容が掲示されていた。

 3刷の際に、訂正する旨、内野先生に手紙を出してはいるが、私の記述の根拠は学生の時から取り組んで来た平和運動、なかでも原水爆禁止運動のなかで得た知識と、解放同盟広島県連の青年部にいた被爆2世の友人の話などから、被爆による健康障害が「被爆2世」にも当然及んでいるものと、科学的かつ客観的なデータに基づいてではなく、思い込んでいたのである。学術書ではなく、実用書だからといって許される事柄ではない。

 内野先生が手紙のなかで指摘されているように、根拠のない「被爆2世」健康障害説が逆に「被爆2世」の人々に対する差別意識を助長しているのではないかということ。「被爆2世」健康障害説は、科学的根拠に裏付けられたデータによって明らかに証明されたものではなく、運動団体のプロパガンダ(煽動)に利用されてきた側面は否定できないのではないかということ。この二点は、被爆者への差別を考える上での根幹となる問題である。

 内野先生は私への返信のなかで、つぎのように述べられている。

 被爆2世の人たちの気持ちは、個人によって多種多様でしょうが、私は、被爆2世だからといって心配しなくてもいいよ、という助言をする側の者です。親の被爆が原因で被爆2世が健康障害を受けることは考えられない、という命題が科学的に確立することを願望しています。しかるに、この世の中には、この命題を否定したい、という方向で動いてきた流れがあると感じられます。私にとって考えものなのです。

 はじめに紹介した6月4日付の朝日新聞の記事も、その最後に、

 放射線の被爆2世への遺伝的影響について、日米共同研究機関の放射線影響研究所(広島市、長崎市)が2000年から7年かけて親の被爆と生活習慣病の遺伝的影響を調査。「現段階では影響は見られない」とし、結論を出すには今後数十年間の調査が必要としている。

と、記述しているものの、この記事全体からは「被爆2世」=「健康障害を発症する可能性が高い」と、印象付けられる可能性はゼロではない。
 政治的、思想的イデオロギーによる科学的真実に対する歪曲は、厳に慎まなければならないが、今回の鎌田七男名誉教授グループの研究は、放射線の「被爆2世」の子どもへの遺伝的影響についての従来の科学的知見に、大きな変更を求めるかも知れない。

■参考資料 NHK NEWS WEB 6月3日(日)

「被爆2世」の白血病で新研究
 広島県内で、原爆で被爆した人から生まれた「被爆2世」について、両親とも被爆した人は、どちらかだけが被爆した人と比べて白血病になる割合が高かったことが、広島大学の研究グループによる調査で初めて確認されました。
この研究結果は、およそ12万人の広島県内の被爆2世について広島大学の研究グループが病院の診断記録などから調査し、3日、長崎市で開かれた研究会で発表しました。

 それによりますと、被爆後10年以内に生まれたおよそ6万3000人のうち両親とも被爆していた人は1万4000人余りと4分の1以下だったのに対し、この中で35歳までに白血病になった49人のうち、両親が被爆した人は26人と半数を超えていました。

 父親か母親だけが被爆した人と比べ、明らかに高い割合で白血病を発症していることが初めて確認されたということです。

 被爆の遺伝的影響は、日米共同の放射線影響研究所などが終戦直後から行ってきた調査では確認されておらず、今回の研究がその解明に役立つと注目されます。

 研究グループの鎌田七男名誉教授は「遺伝的影響があるかどうかすぐに結論は出せないが、影響の解明に必要なデータの提供はできたと思う。今回のデータを活用してさらに研究を進める必要がある」と話しています。

被爆2世の遺伝的影響の研究
 原爆による被爆2世への遺伝的影響を巡っては、アメリカの旧ABCC=原爆傷害調査委員会や、その後継の日米共同の研究機関、放影研=放射線影響研究所がこれまで調査してきました。

 戦後まもない昭和23年に始められてからこれまでに出生時の障害や、染色体やDNAの異常、がんの死亡率や生活習慣病などについて分析が進められてきましたが、被爆2世への遺伝的影響は確認されていません。

 放影研では「被爆2世は、比較的若いため、今後も影響が見られないとは言い切れない」として現在も調査を続けています。
(記事引用URL http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120603/k10015570261000.html
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