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第37回 橋下徹バッシング報道から再び部落差別を考える(6)
 『週刊新潮』、『週刊文春』の差別的な橋下徹バッシング記事に対して、他の週刊誌ジャーナリズムは、部落差別を利用した選挙におけるネガティブキャンペーンとの視点から、両誌を批判している。六回目の今回は、『週刊現代』と『AERA』の対応を検証したいと思う。

■『週刊現代』(11月19日号、講談社)
 父親がヤクザであったとか、「出自」を問題にすべきでないとの立場から、市井の人の意見や識者の意見(それも必ずしも橋下氏の政策や政治手法を支持しているわけではない)を載せて、形の上では橋下擁護的誌面作りだが、決して橋下の政策を支持し応援しているわけではなく、批判の論点がしっかりしており、客観的な報道を行っている。

龍谷大学社会部の准教授の岸政彦氏などのコメントが、今回の週刊誌報道については平均的な意見だろう。
「橋下氏の政治手法や行動はあまり評価していませんが、あの報道は最低の攻撃方法だと思います。公人であることを考慮しても、人権上、一線を越えた報道だと思います。これで橋下氏を支持する、しないという判断を下すのはおかしいでしょう」
 大阪大学名誉教授の加地伸行氏は「橋下氏は公人だから、書かれること自体は仕方ない。ただ、政治家の力量と出自はまったく別問題だと考えるので、私としては投票判断の材料にはならない。」

しかし、部落問題については『レディジョーカー』事件以来、偏見を持っているように思える作家の高村薫氏は、「同和地区出身ということそれ自体が問題というわけではない。しかし、知事という職に就いていた以上、そのことを書かれるのは仕方のないこと」というが、とんでもないことだ。部落差別の現状認識が弱い故の発言と思わざるを得ない。

■『AERA』(11月14日号、朝日新聞社)
「橋下徹氏生い立ちは不祥事か」<「同和と実父」報道に反論>との見出しの中で、この問題に限って、橋下氏を全面的に擁護し、両誌を批判している。

 橋下氏のツイッターの書き込みを引用して、
「僕の生い立ちは結構。しかし、僕のはるか昔に死んだ実父の出自、行状、死亡経緯は僕の何のチェックに役立つんだ? 僕は実父に育てられたわけではない。僕の苛烈な言動は、その実父の何に源泉があると言うんだ?」

「今回の報道で俺のことをどう言おうが構わんが、お前らの論法でいけば、俺の子供にまでその血脈は流れるという論法だ。これは許さん。今の日本のルールの中で、この主張だけは許さん。バカ文春、バカ新潮、反論してこい。俺に不祥事があれば子供がいても報じろ。俺の生い立ちも報じろ」

「血脈を俺の現在の言動の源泉というなら、子供も同じということだな。個人の人格よりも血脈を重視すると言う前近代的な考えだ」
と、真っ当な反論を誌面化している。

 橋下氏は、実父が被差別部落出身者だから自分もそうだということは認めるが、自分の子供は関係ないと考えているようだ。いわば、“血脈”は一代限りと主張しているのだが、しかし、これは一理ある主張なのである。この問題については、当連載の第25回・26回を参照してほしい。

 そして、大阪の労組幹部(平松氏支持)を登場させて、両誌の記事を「差別文書に近いのでは」と批判させている。
『出自』についての記事の、7人の子供への影響を彼はツイッターに書いている。
「妹も初めてこの事実を知った。妹の夫、その親族も初めて知った。妻やその親族も初めて知った。子供に申し訳ない。妹夫婦、妻、義理の両親親族、皆に迷惑をかけた。メディアによる権力チェックはここまで許されるのか」

「子供は親を選べない。どのような親であろうと、自分の出自がどうであろうと人は
それを乗り越えていかざるを得ない。僕の子供も、不幸極まりない。中学の子供二人には、先日話した。子供は、関係ないやん!と言ってくれたが、その方が辛い。文句を言ってくれた方が楽だった」

そして、「少なくとも、『記憶にない死んだ父親』が同和地区に住む暴力団員だったことをもって批判されることへの橋下氏の憤懣は、政治家である以前に『人間・橋下』の本心からの発露であろうし、『そうだろうな』と理解できるものだ」と結んでいる。『AERA』誌ならではの視点だろう。

 一連のツイッターの書き込みを読む限り、橋下氏は被差別部落に生を授けたことを誇りに思っていないようだが、今は問わないことにする。

(つづく)

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