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第35回 橋下徹バッシング報道から再び部落差別を考える(4)

 今回は、今まで取り上げた週刊誌等の問題についてのまとめとして、なぜ部落差別が選挙のネガティブキャンペーンに利用されたのか、“差別を商う”とはどういうことか、なぜ誌面だけでなく広告も問題なのかという3点について考えてみたい。


■橋下バッシングになぜ部落差別が利用されるのか
 今回の大阪市長選は、現職市長の平松邦夫氏と前府知事橋下氏との激戦が予想され、事前の世論調査でも支持率は拮抗していた。

 何故この選挙直前の時期に、『週刊新潮』『週刊文春』両誌が橋下バッシングを、しかも、その被差別部落出身という出自と、親族に「暴力団」がいることをセンセーショナルに取り上げて行う必要があるのか。

 『週刊ポスト』や『週刊現代』などは、あつかいも小さいし、そのような取り上げ方はしていない。大きく誌面を割いている『女性セブン』でも、橋下氏に焦点を合わせているものの平松氏の主張も載せており、個人攻撃ではなく客観的で中立的な立場で誌面化している。
各誌が市長選に各々主張を持つのは当然だし、それが健全なジャーナリズムの前提だろう。しかし、部落差別という社会的差別が現に存在している社会環境の中で、興味本位にその出自を暴露し、暴力団との親族関係を報道する合理的理由、社会的意義がどこに存在するのか、はなはだ疑問に思う。国内に住む「橋下(ハシシタ)」姓の人たちに対する差別や嫌がらせが行なわれたとしたら、一体誰が責任を取るのか。

 部落差別を売り物にした事例は、古くは、1977年の臼井吉見の手による『事故のてんまつ』事件がある。(作家・川端康成を被差別部落と結びつけて創作し、世間の関心を煽りベストセラーとなった)最近では、「同和利権の真相」(宝島社)がそれにあたる。これらの出版商品は、売らんがために差別意識を利用している点で、犯罪行為と言っても過言ではない。今回の両誌もそれらの事例と発想において同罪と言わねばならない。


■世間の差別意識に乗った商法 ―「差別を商うもの」
 要するに、売らんがために衝撃的な広告を打ち、差別的な記事を掲載したということだろう。
今般の市長選挙の争点は、橋下氏と平松氏の政策の相違、つまり大阪都構想の是非にある。橋下氏が知事時代に行なった一連の行政改革の名による合理化や、教育基本条例案に対する政治的批判を行なうことは当然であるが、差別意識を利用した誹謗中傷などの個人攻撃は、ジャーナリズムの品格を貶めるものだ。

 重要なことは、橋下氏の独善的政策手法や政策批判を客観的、かつ具体的に行なうことであって、あれこれの非本質的要素をあげつらうことではない。百歩ゆずって、橋下氏自らが自己と被差別部落の関係を社会的に明らかにしているとしても、他者が、とくにマスコミがことさらそれを“衝撃的”醜聞として報道する権利も社会的必要性もない。事実、橋下氏は自己のツイッターの中で、今回のことで子ども達などに対するいじめや差別が起こることを心配している。橋下氏は『週刊新潮』の記事によれば、「府が同和の実態調査をしたところ、差別は克服され、解消されているという結果が出ています。しかし、知事は同和差別はなくなっていないと言い張る。議会で同和関係のことを質問すると語気を強めて、ムキになって反論するんです」(共産党の黒田まさ子元府議)という。

 橋下氏が部落差別を肌身で知っていることを、共産党の元府議は理解していない。反解同キャンペーンで、市民・府民の差別意識を取り込み、議席増につなげた共産党ならではの言い草だが、残念ながら解放同盟の考え方と橋下氏の政策及び政治的問題意識は全く異なっている。それ故、解放同盟の大阪府連は、民主党とともに現職の平松市長を支持してきたし、今回も全力で橋下陣営と闘ってきたのである。

 しかも、自民党市議団は前回対立した平松氏の推薦を決めたのみならず、共産党までが実質平松氏指示を打ち出しするという、前代未聞の選挙戦となったのである。


■誌面だけでなく広告も問題
 今回の週刊誌2誌による橋下前府知事に対する差別的ネガティブキャンペーンに仕掛人がいるのかどうか知らないが、何か意図的なものを感じる。すでに橋下氏と被差別部落の関わりは、朝日新聞の夕刊などで彼自身が率直に語っているように、秘匿しているわけではない。その後も、知事在任中に色々と週刊誌や月刊誌でそのことについては語られてきており、いまとりたてて騒ぎたてるような目新しい話題ではない。橋下氏にどうしても大阪市長になってもらいたくない勢力が、最後の切り札として部落差別を持ち出し、大阪市民の差別意識をかきたて、選挙戦を平松陣営に有利に進めようと画策した、としか考えようがない。

 その御先棒を2誌がかついだということだろう。まさに、怪文書(資料①)雑文といっても過言ではない。明確にしておかなければならないのは、差別を利用して市長選に勝利することの愚かしさと卑劣さ、その腐敗した政治屋意識に気づかないとすれば、平松氏が当選し市長を続けても、それは欺瞞にすぎない。

 橋下氏の政策や政治手法と、被差別部落出身者ということがどう結びつくのか、その検証を欠き、社会的差別意識に乗じた情緒的批判は、被差別部落への予断と偏見を助長するだけである。両誌及び、差別的な広告を掲載した新聞社と鉄道会社の広告審査の甘さに対する社会的責任の追及は当然だ。


【資料①】1999年頃に、永田町で流された怪文書

 野中官房長官は、自ら被差別部落出身であることを公の席で口にしている。最近も月刊誌が、8月30日に総務庁人事局が主催したセミナーで、野中自身が自分の出自について触れたと報じた。

 しかし、この野中の出自の公表と官房長官辞任は連動しているという。野中は政界でこそ大物官房長官として肩で風を切って来たが、同和社会では彼の地位は低い。井上一成代議士や上田卓三元代議士の方がはるかに強固な地盤を有している。

 「最近まで、井上、上田とも野中にコテンパンに苛められてきたが、最近二人は反撃に出た。野中が権力を駆使して地位固めの為に打った同和対策費用増額の内部資料等を二人が握ったようだ。野中は格好いいことばかり言っているが、裏ではこんなことをやって来たじゃないかと、プレッシャーをかけている」と言われる。

 現に京都にある野中の事務所には、上田と井上の息のかかった連中が資料を手に押し掛けているようだ。

 官房長官辞職にあたって、野中は「男の嫉妬」と「家族への嫌がらせ」を理由に挙げたが、「家族への嫌がらせ」は、実はこの同和対策事業をめぐる利権争いだった可能性が高い。

 自分の気に入らない記事を載せた週刊誌に対しては「全国の同和が黙っていない」と恫喝する野中だが、その世界での単なる利権屋だったということだ。

 首相が外遊中に総理代理まで務めた男が、恥も外聞もなく自民党の幹事長に舞い戻るのは、これ以上表立って派手な動きは出来ないが、権力と完全に離れると何が起こるか分からないという「苦悩」の選択だったようだ。


[以下次週]

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