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第32回 橋下徹バッシング報道から再び部落差別を考える(1)

 昨年11月27日に投開票された、大阪府・市のダブル選挙は、大阪のみならず全国的に大きな関心を持たれていた。それは、地域政党『大阪維新の会』の代表で、大阪府知事を辞し、今回の大阪市長選に立候補していた橋下徹氏の政治的パフォーマンスが、国民的注目を集めていたからであった。市長選では『大阪維新の会』単独公認の橋下氏に対し、民主党はもとより、自民党・公明党・社民党、果ては共産党までが反橋下・平松支持を打ち出すという、前代未聞の選挙戦となった。11月13日の告示日を前にした、事前のマスコミ世論調査では、3〜5ポイント差で橋下有利という結果が出ていた。

 このような過熱した選挙選が繰り広げられている、まさにその真っ只中の10月27日に、『週刊新潮』と『週刊文春』(共に11月3日号)が、センセーショナルな新聞・中吊り広告と共に発売された。一読して、正直なところ、1991年に起こった『週刊女性』(主婦と生活社)以来の大問題になると思った。[『週刊女性』差別事件:記事のなかで、被差別部落と犯罪をからめ、意図的に部落は犯罪の温床と暗喩し、「部落は怖い」ところだと表現した。その差別性を問うために部落解放同盟が抗議を行い、社会的にも大きな影響を与えた事件。]

 マスコミ関係者や大学教授、在阪の市民団体から同和教育関係者まで、部落解放運動に関わりを持った幅広い人々から怒りの声を聞いた時には、解放同盟の組織挙げての大糾弾闘争になるとの予感がした。しかし、予期に反して、ごくありきたりの差別表現事件のひとつとして解決をしたが、そこに、運動団体の思想と組織の力量不足を感じた。それは、抗議方法と抗議の内容を見れば、一目瞭然だった。

 しかし一方で、同じ週刊誌媒体が、『週刊新潮』・『週刊文春』に対して、部落差別を利用した反橋下 のネガティブキャンペーンだと批判的に報じてもいた。まだ問題がすべて終わっているわけではないが、これらの一連の事態を振りかえるなかで、いくつかの問題点を<差別と表現>の原点に返って考えてみたい。

 第1回目として、新聞・中吊広告の問題点を取り上げる。次回以降は、【第2回】当該記事と執筆者の問題点、【第3回】部落解放同盟の抗議と対応について、そして、最後に週刊誌ジャーナリズム相互批判が行われたことについて、順次考えていきたいと思う


■広告の問題点
 
新聞広告及び鉄道会社の中吊広告の差別性は、そのセンセーショナルでスキャンダラスな手法ではなく、その内容と方向性のなかにある。

 例えば『新潮45』11月号(10月18日発売)の新聞広告では、<「最も危険な政治家」橋下徹研究>の大見出しの下、その特集のひとつとして<「孤独なポピュリストの原点」上原善広>とあるにすぎない。それ故、『新潮45』は、広告的にではなく、本文中にある上原善広の文章の差別性が問題となる。この点については、次回以降で記すことにしたい。

①新聞広告
 新聞広告も中吊広告もほとんど違いはないが、日本新聞協会が定めている「新聞広告掲載基準」のなかに、「名誉棄損、プライバシーの侵害、信用棄損、業務妨害となる虞がある表現のもの」とある。

・「『同和』『暴力団』の渦に呑まれた『橋下知事』出生の秘密」(新潮)
・「橋下徹42歳 書かれなかった『血脈』」(文春)

 この両誌の広告コピーが何故、広告掲載基準に照らして問題とならなかったのか(ちなみに、中国新聞は『同和』を白抜き処理している)。ここでの問題は「同和」とか「暴力団」という言葉にあるのではない。問題点=差別性は、「『橋下知事』出生の秘密」、「書かれなかった『血脈』」という表現にある。その意味で、中国新聞の処置は適切ではない。

 「『同和』『暴力団』の渦に呑まれた『橋下知事』」、「橋下徹42歳書かれなかった<『秘密』>なら、少なくとも広告において、問題視することはない。

 問題は、橋下氏個人の意志ではどうしようもない事柄「社会的属性=被差別部落出身者を父に持つこと」を、「出生の秘密」「書かれなかった『血脈』」と表現したところにあり、「スキャンダラス」性、「センセーショナル」性にあるのではない。

②中吊広告
 新聞広告と問題点は同じだが、かつて1989年『週刊ポスト』の特集記事「部落差別許すまじ!」の中吊広告をJR東日本と営団地下鉄が掲示を拒否したという事件があった。

web連載32参考資料

「 週刊ポスト」(小学館、1969年9月28日号)の広告(コピー)


 理由は「部落差別」の文字が入っていたからと、のちに解放同盟が抗議するなかで判明している。これは、マニュアル的対応による思考停止の最悪のケース。なぜ、部落差別に抗議している特集記事広告に反対するのかと、厳しく批判されたのだが、今回のような広告こそ、拒否すべきだろう。

新聞広告拒否については、過去に以下のような事件があった。

○西日本新聞(1991年10月11日付朝刊)
【広告内容】
『弾左衛門風雲録』 全3巻 序の巻・破の巻 定価1500円(税抜き)
漫画=早瀬二郎
江戸時代の被差別民衆の姿を第十二代浅草弾左衛門と非人頭車善七との争いを中心に描き、差別の根本に迫る。急の巻=来春敢行予定。

 解放出版社の“フェア”広告の新刊本『弾左衛門浮雲録』の紹介の中にあった「非人頭車善七」というコピーの「非人」が差別語なので、広告掲載コードにふれるとのこととして、掲載拒否された。
 「部落解放基本法制定要求・全国縦断図書フェア」のリード文があり、共催に部落解放同盟福岡県連も名を連ねているのである。誰に対して配慮しているのかと思う。

○月刊『現代』(2000年5月号及び7月号)
【広告内容】
「被差別部落」と「てるくはのる」 なぜ流言は広まったか?
誰も書かなかった事件の遠景を話題の書『被差別部落の青春』の著者が綴る/角岡伸彦

1999年12月に京都で起きた猟奇的な小2児童殺傷事件に関するレポートの広告のタイトルについて、各新聞は以下のような対応を行った。

・中日新聞「『被差別部落』の部分を白抜き、或いは黒塗りを要求」━━結果、広告掲載拒否
・京都新聞「メインとサブタイトルを入れ換えて」━━改変して掲載
   ・上記2社以外の全国紙・地方紙は原稿のまま広告を掲載。

○朝日新聞(2007年10月19日付朝刊)
【広告内容】
「蒸し返された亀井静香東大時代の『ワン殺し』」(原稿の段階では、「犬殺し」となっていた)

などがあるが、いずれも、「非人」や「被差別部落」という言葉に拘泥し、事の本質を見誤っている。「犬殺し」については、本来は「野犬捕獲員」と表記すべきだが、この広告コピーに言い替えは無理。だから「ワン殺し」でOK とは冗談に思える。今回のような『新潮』『文春』の広告が問題とわからないようでは、広告審査の自主性に疑いを持たざるを得ない。

今回は、第一番目に広告の問題をとりあげた。次回以降、核心となる橋下前大阪府知事バッシング記事を中心に、週刊誌における記事の差別性について考えていきたい。

(つづく)

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