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第29回 一億総白痴化
 朝日新聞の2月1日(水)の“天声人語”の欄に、「戦争が終わると一億総懺悔。低俗テレビで一億総白痴化。……」という表現がある。

「一億総白痴化」とは、1950年代後半、爆発的に普及し始めたテレビが、人の想像力や思考力を低下させると批判した、社会評論家・大宅壮一氏の造語だ。
<テレビに至っては、紙芝居同様、否、紙芝居以下の白痴番組が毎日ずらりと列んでいる。ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によって、『一億白痴化運動』が展開されていると言って好い。>

『週刊東京』1957年2月2日号‐大宅壮一
 この『一億白痴化運動』に「総」が付いて、「一億総白痴化」という言葉が一種の流行語となり、1970年代まで使用されていた。近々では、2006年1月に放送された「朝まで生テレビ」の中で、菅直人前首相が議員当時に発言している。何かの機会に注意した覚えがある。

 今回は、朝日新聞の顔とも言うべき“天声人語”で臆面もなく「一億総白痴化」という表現を使っているのだから、あきれるばかりだ。早速朝日の知人に連絡を取り、かつ、読者相談室にも電話を入れ、注意を促したものの、反応は今ひとつ。

「朝日新聞社用語幹事」発行の、『差別用語研究基礎資料―自制語・禁止語から使用例・糾弾例まで―』(1991年発行)の中にも、(2)<差別語の判断>の項、<C-1 精神・医療障害関係>に、「☆白痴=法律用語から追放された。新聞も同調している。」とある。

「白痴」という言葉は、
<もともとは知的障害者を外国語の直訳である「精神薄弱」と法律用語で表現し、その障害の“程度”に応じて「白痴」「痴愚」「魯鈍」「軽愚」などと差別的に呼称し、「動作の鈍い人」や、「頭の回転が悪い人」などを直接表現する言葉として使用されてきた歴史がある。>

<知的障害は、おもに「知的能力の発達遅滞をしめす障害」とされている。かつては、「精神薄弱」と呼ばれ、子どもたちの間でも、「知恵遅れ」「ノータリン」などと侮辱的な言葉で呼称されてきた過去を持つ。2000年までは、法令においてさえ、重度知的障害を「白痴」、中度知的障害を「痴愚」、軽度知的障害を「魯鈍・軽愚」といった差別的な用語が使用されていたが、当事者やその家族などから、偏見を助長する呼称であるとの批判がなされ、現在は知的障害と呼ばれている。>

(『差別語・不快語』より抜粋)
 1970年に、「精神薄弱」が差別感を含む言葉として批判され、「知的遅滞」に言い換えられたが、この言葉も問題があるとして、1998年には法的にも「知的障害」という言葉に改正され、現在に至っている。用語改正にあたって、障害者団体は
<精神薄弱」という用語は知的な発達に係る障害の状態を明確に表していない。また、精神・人格全般を否定するかのような響きがあり、差別や偏見を助長しかねない>
と指摘し、表現の変更を求めていた。

「使用してはならない差別語はない」と私は思うが、同時に「差別表現は許されない」とも思う。問題はこの「天声人語」の「一億総白痴化」という表現についてどう考えるかだ。「白痴」に「 」を付けようが、頭に「差別的な表現だが」と断りを入れてようが、「低俗テレビで一億総白痴化」という言葉の持つ差別性を払拭するとは思えない。

 テレビに対する新聞の優越意識という問題を差し置いても、ここに露呈されるのは、障害者に対する無意識の優越心だ。

 大宅氏がこの言葉を使用した時代からすでに半世紀が経つ。

 世界で、知的障害をもつ当事者やその家族が、ノーマライゼーションの理念を掲げて、差別と偏見を払拭する運動を展開しはじめたのは1960年代だ。にもかかわらず、日本の大手メディアが、知的障害者を貶める表現を安易に使用することは、言葉を生業とする職業人としての鈍感さを指摘されても仕方ない。もっと豊かな表現を紡ぎ出せないならば、カットするべきだろう。

(資料)
2012年2月1日付 朝日新聞「天声人語」
http://www.asahi.com/paper/column20120201.html
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