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第25回 橋下徹大阪市長は、被差別部落出身者か―部落民とは誰か(1)
 11月27日に行われた大阪府・市の首長ダブル選挙は、開票開始直後に当確が出るほどの勢いで、橋下徹氏率いる「大阪維新の会」の圧勝で終わった。

 告示前の10月末に発売された、『週刊新潮』・『週刊文春』の広告及び記事内容が、橋下徹前大阪府知事に対する部落差別を利用した極めて悪質なネガティブキャンペーンであり、解放運動関係者はもとより、同業の週刊誌ジャーナリズムからも顰蹙を買い、批判されたことは、すでにこの連載の中で述べてきた。

 その渦中で、橋下徹氏が主に自身のツイッターで、“バカ新潮”・“バカ文春”などと悪態を吐いていたが、今回考えたいのは、橋下氏が“怒りのつぶやき”の中で、つぎのように書き込んでいることについてだ。

<実父の出自も今回の週刊誌報道で初めて知った。僕は成人だから良い。しかし僕には子供がいる。思春期多感の子供だ。子供は、事実を初めて知った。>

<今回の報道で俺のことをどう言おうが構わんが、お前らの論法でいけば、俺の子供にまでその血脈は流れるという論法だ。これは許さん。今の日本のルールの中で、この主張だけは許さん。>

 どうも橋下氏は、実父が被差別部落出身者だから自分もそうだということは認めるが、自分の子供は関係ないと考えているように受け取れる。いわば、“血脈”は一代限りと理解しているようだ。しかし、これは一理ある主張なのである。ただし、ここでは、橋下氏が被差別部落出身者であるという社会的出自を否定的にとらえ、それ故、その社会的差別から子供達を守ろう(逃げよう)としている点については問わない。

問題は、被差別部落出身者の定義についてである。

何をメルクマール(徴)に被差別部落民と見なすかは、運動関係者の間で長年議論されてきたが、明確に定義づけることはできなかった。

 戦前の水平社の頃には、“血筋”論が幅を利かせていたが、戦後は“血筋”論は部落差別を擬似民族的にとらえる、誤った考えであると批判された。

 一方で、強調されてきたのが、歴史的・伝統的に形成されてきた被差別住民(賤民)の居住地区、つまり土地を媒介にした差別という視点である。(居住・職業・身分の三位一体)

 そして、部落解放同盟のなかでも、運動の中核を担うのは、旧エタ身分の血を引く、居住と身分の一致した末裔であると主張する意見も強くあった。しかし、その時にも疑問が出されていた。

 ひとつは、両親・両祖父など、3〜4代前に遡って被差別部落出身者と確定できる資料が、ごく少数の例を除いてほとんど残されておらず、いわゆる生活困窮者や“流れ者”が住みついて、3代、4代を経る頃には、世間から部落民として差別の眼差しを受ける立場となっていた可能性の高さであった。

 もうひとつは、祖父母のいずれかが出身者で、自分の父母も片方だけが出身者という場合、親は1/2で、子は1/4出身者ということになり、どこまでを部落民とするのか明確ではなかった。
ちなみに、アメリカ先住民(ネイティブアメリカン)は混血度による血統主義を認めているが、各先住民グループごとに独自の規定がある。

 部落差別は、人種差別でも民族差別でもない以上、“血筋”論では答が出ない問題だ。

 さらに、水平社宣言が、「全国に散在する吾が特殊部落民よ団結せよ!」と呼びかけながら、「吾々がであることを誇り得る時が来たのだ」としているところからも明らかなように、江戸時代の「エタ(穢多)」身分解放運動→賤民(特殊部落民)解放運動→(被差別)部落解放運動なのだが、京都など、積極的に被差別賤民の組織化に取り組んだ地域と、岡山のように、非人部落は組織化の対象としないとする運動体もあった。しかし、非人身分の居住地も被差別地域であり、少なくない“非人”身分の血筋を持つ人(これも3〜4代遡ると曖昧になる)も、部落解放運動に包摂されているのである。

 つまり、「エタ(穢多)」身分の“血筋”論だけでは、現在の部落解放運動を語ることはできないし、また、被差別部落民規定もできないのだ。

(つづく)
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