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第22回 再び、橋下徹報道から部落問題を考える
 先週の『女性セブン』が、7ページも割いて、日本中が注目している、橋下徹と大阪市長選の特集を組んでいる。

「橋下徹前大阪府知事を激怒させた同和報道の深層」と題された内容は、概ね首肯できるものの、「同和報道」という表現はいただけない。森功さんが『同和と銀行』という力作をものにしているが、いかにもタイトルが悪い。

“同和問題”・“同和地区”・“同和教育”・“同和行政”などと一般的に使われているが、“同和”という言葉だけで単独で使用されると、なにか“エセ同和”を連想させるし、差別的で陰陰なイメージがある。

『女性セブン』誌も、「同和」という言葉の由来を、「『同和』の言源は『同胞一和』という言葉で、戦時下から被差別部落をこう称することが多くなった」としている。それ自体は誤りではないが、同和地区=被差別部落と同義語ではない点には、もう一歩部落問題への理解と感性を養ってもらいたいと思う。

 この点について、拙著『差別語・不快語』(にんげん出版)で、私は次のように書いた。
<江戸時代に「穢多村」などと呼ばれていた被差別部落は、1871(明治4)年の「解放令」以降、差別的な意味をこめて「特殊(種)部落」、そして生活困窮者地域を意味する「部落」「後進部落」という官製用語で表記されてきました。それに対して、差別撤廃を掲げる運動団体は、戦後すぐに「被圧迫部落」や「未解放部落」と呼称し、さらに、今日使用されている「被差別部落」へと呼称変更をおこなってきています。
また、被差別部落をさす言葉として、一般に使われている「同和」ないし、「同和地区」という呼称がありますが、これはもともと「」あるいは「」を略称したもので、とくに「同和地区」とは、同和事業の対象地域をさししめす行政用語であり、必ずしも被差別部落と同義語ではありません。語感的にも明治以降の「特殊部落」という官製用語の否定的内容を引き継いだ側面があることは否めません。>

(P33)
それはさて置き、今回の一連の差別的週刊誌報道に、陰に陽に関わっている、売文屋・上原善広が、
<「ぼくは同和だから隠すというのには反対で、そういう信念もあります。隠すことによって“路地”のいまが知られないまま、差別だけが歴史的に残っている。暴露によって関心を引くのはたしかに低レベルです。でも、この問題は低レベルか高レベルかを問う前に、まず問題が存在していること自体を広く知ってもらう必要がある。」
と述べていることに対し、部落解放同盟の大阪府連書記長で中央執行委員の赤井隆史氏は、
<「同和地区がいかにひどい差別を受けているかを伝えることは確かに重要です。しかし、記事が“同和地区=恐ろしい”といった偏見に基づいている場合、新たな差別を生むだけで逆に差別の再生産の役割を担ってしまう。同和問題を広く知ってもらうためといっても、個人の出自を暴く必要はないと思います」>
と、上原善広の戯言を一蹴している。

 今回の、『週刊新潮』・『週刊文春』の一連の差別広告と記事の背後に、この“自称”部落出身者・上原善広の差別的言動が、免罪符的に使用されていることは疑いない。

 そろそろ、差別的売文屋・上原善広について、秘匿していた醜聞を、暴く時期かと思う。
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