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第4回 「薄弱児」という言葉について

 今週は、松本龍・復興担当大臣の辞任ニュースに追われ、忸怩たる思いをした。松本龍さんは、菅内閣で環境・防災大臣に任命されるまで、民主党の7回当選議員で、民主党両院総会議長という以外、全国的な知名度はあまり高いとは言えなかった。今回の辞任騒動の中で、新聞報道などによって、部落解放同盟の中央本部副委員長であり、福岡県連の委員長でもあることを知った人も多いと思う。全国紙でも、解放同盟の名前が、祖父、解放の父・松本治一郎と重ねて語られることはあっても、批判めいた論評はなかったようだ。しかし一部に、テレビ放送の切り取られ、編集された断片映像のみを見て、上から目線の傲慢人間という風聞をを振りまくような言説が、独り歩きしていることを看過することはできない。

 そこには、隠された差別意識と、部落解放運動を貶めようとする意図が感じられるからである。<差別と表現>のテーマに関係してきたときに、改めてこのことについては述べていきたい。


月刊誌『FACTA』(2011年7月号)の「BOOK Review」で紹介されている『アンドレとシモーヌ ヴェイユ家の物語』(春秋社)の中に、次のような一文がある。

<「私はこの叔母(シモーヌヴェイユ)との血族関係を、あたかも一族にいる薄弱児を厭うように恥
じていた」>

 石田修大氏の書評を読む限り、内容の面白さに興味を引かれるし、<天才の兄と聖女の妹が得た「語り部」>というフレーズも、そうなのだろうと思う。

 しかし、冒頭の表現は、原文がどうなのか定かではないが、「薄弱児」という言葉は、「精神薄弱児」以外を意味していないし、著者も、その意識を持ってあえて使用したのだろう。

 1970年に、「精神薄弱」が差別感を含む言葉として指摘され「精神遅滞」に言い換えられたが、この言葉も問題があるとして、1998年には法的にも「知的障害」という言葉に改正され、現在に至っている。

 用語改正にあたって、障害者団体は

<精神薄弱という用語は知的な発達に係る障害の状態を的確に表していない。また、精神・人格全般を否定するかのような響きがあり、差別や偏見を助長しかねない>

と指摘し、表現の変更を求めていた。


<改正前と改正後の主な用例>

現行法の主な用例と改正後

精神薄弱者福祉法             知的障害者福祉法
精神薄弱                 知的障害
(重度)精神薄弱者            (重度)知的障害者
精神薄弱者援護施設            知的障害者援護施設
精神薄弱児施設              知的障害児施設
精神薄弱者居宅生活支援事業        知的障害者居宅生活支援事業
精神薄弱者厚生相談所           知的障害者厚生相談所
精神薄弱者福祉司             知的障害者福祉司
精神薄弱者相談員             知的障害者相談員


 この本の問題点は、単に差別的な「薄弱児」という言葉を使用していることにあるのではない。重要な事は、「薄弱児」を恥ずべき疎ましい存在と見做しているところにある。つまり、差別的な言葉を使用した差別表現(『差別語・不快語』51頁参照)と言わねばならない。

 本来は「精神薄弱児」と原文で書かれていたものを、精神をとって単に「薄弱児」とすることによって、差別的語感が薄まることを期待したのかも知れないが、それは成功していない。別の、差別性が付与されていない言葉に言い換えるか、新たな、このセンテンスに相応しい言葉を、翻訳者は創造すべきだろうと思う。

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