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第149回 安倍政権中枢のネトウヨ大臣
■レイシストと連携する閣僚たち
 朝日新聞(101日付)が社説で「差別と政権―疑念晴らすのはあなた」と題して、山谷えり子国家公安委員長とレイシスト在特会との関係を質している。
 在特会のヘイトスピーチをふくむ、排外主義的言説やありもしない「在日特権」などについて記者から質問されたときにも、在特会のホームページから文言を引用し、答えるという信じられないような対応を平然と行っている。
 

国家公安委員会は警察の最高管理機関である。その長と、在日韓国・朝鮮人を「殺せ」と街頭で叫ぶ在特会との関係が疑われること自体、恥ずべきことだ。にもかかわらず、民族差別は許さないという強い意思を示さず、一般論として「(ヘイトスピーチ)は誠によくない、憂慮に堪えない」と述べただけでは到底、疑念を晴らすことはできない。
それどころか、彼らの行動を黙認しているのではないかとの疑いすら招きかねないだろう。(『朝日新聞』2014101日)

 
 このように朝日新聞社説は鋭く指摘しているが、もはや確信犯といっていい。ほかにも、同様の関係を追求されている高市早苗総務大臣や自民党の稲田朋美政調会長など、ナチのハーケンクロイツ(鉤十字)を掲げヘイトデモの蛮行をくり返している在特会との関係が公然化している。
 
■国連勧告を無視するヘイトスピーチ・プロジェクトチーム
 一方で、自民党は安倍首相の意を受け、「ヘイトスピーチ対策等に関する検討プロジェクトチーム(PT)」を立ち上げている。
 8月初旬、訪韓した舛添都知事が朴大統領との会談で約束したヘイトスピーチの法的規制を安倍首相に進言したことによって、821日に急遽設置されたのだが、高市早苗政調会長(当時)が主導し、座長が平沢勝栄であるところからも、期待できるしろものではなかった。
 828日に初会合が開かれたが、そこで高市早苗政調会長が反原発市民団体などの国会周辺で行われている大音量の街宣やデモに対する法規制も検討すると発言したことからもわかるように「ヘイトスピーチ」の言葉の意味をまったく理解していない。
 というより、意識的に曲解しているといったほうが正解だろう。(社会的批判が殺到し、その後高市は発言を撤回している)
 しかし事はこれだけではすまなかった。その同じ828日に開かれた初会合で、在特会などのレイシストの集会で講演したこともある。山田賢司衆議院議員が、あろうことか先の国連人権差別撤廃委員会の日本審査の内容を、ことごとく否定し、国連に悪罵を投げかけ、「国連にご注進している団体は、どんな団体かネットで調べれば出てくる。ほとんどが、朝鮮総連等の朝鮮系の団体が言っている」(2014.08.28 自民党ヘイトスピーチ対策PT
そして極めつけは、国連に「チンコロ」する団体という品格に欠ける言葉で、人権NGOなどの団体を誹謗中傷した。それを臆面もなくユーチューブにアップしているのである。
 今回のテーマで言いたいのは、地方自治体にまれにいるレイシストを支持している地方議員ではなく、国会議員で、しかも政権与党の役員や政権中枢の大臣(しかも警察行政を司る国家公安委員長)などからも、公然と在特会などのレイシストと連携する動きが出てきていることだ。
 たががはずれてきているというほかないが、極言すれば、安倍首相のおもわくと行動を各級議員そして大臣が目的意識的に代替しているのである。
 座視している場合ではない。
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第148回 「ヤクザ」と「同和運動」から考える
■『週刊現代』の差別記事
  8月18日発売号の、『週刊現代』が、「ユニクロ・柳井が封印した『一族』の物語」という差別記事を載せたことについては、本連載第143号で、すでに批判している。
  今回は、この号の広告見出しにある<「ヤクザ」と「同和運動」に彩られた真の創業者>という表現について考えてみたい。
  この表現は、特段目新しいものではなく、2011年10月に起きた、橋下徹(現大阪市長)に対する『週刊文春』、『週刊新潮』の差別記事にも見られたものだ。
『週刊新潮』の広告には<「同和」「暴力団」の渦に吞まれた「橋下知事」出生の秘密」>とある。はじめに断っておくが、この表記の問題点は、「同和」とか「暴力団」という言葉の使用にあるのではなく、また、同列並記したことにあるのでもない。
  しかし、この時、解放同盟大阪府連の『週刊新潮』への抗議文には、<「同和」と「暴力団」を同列に扱い、結びつけている意図的な記事(広告)についても、社会的に存在するステレオタイプを煽り、差別、偏見を助長するものである>とし、「同和」と「暴力団」を結びつける意図を持って並列表記した点を、批判している。
  はたして、そうだろうか。
「同和」団体も、「ヤクザ」組織も、社会的に忌避されてきた存在であることは確かだが、忌避の背景に、社会的な差別意識があることもまた事実である。
「ヤクザ」=「暴力団」とは言えないが、「ヤクザ」には、その成立にかかわっての歴史的な経緯がある。(この点に関しては、宮崎学著『近代ヤクザ肯定論』を参照されたい。)

■権力がつくりだした「ヤクザ」=「暴力団」=「反社会的勢力」というレッテル貼り
  私が、ここで強調したいのは、暴力団対策法(1991年)から、昨今の暴力団排除条例(2011年10月、東京都と沖縄県での条例制定によって、全都道府県で施行された)に至る過程で、「暴力団」構成員と見なされれば、ローンを組めないばかりか、銀行口座の開設さえ拒否され、マンション等への入居も制限されるなど、市民的権利が完全に剥奪されるという異常な事態についてだ。
  権力の恣意的な判断によって、「ヤクザ」構成員と見なされれば基本的人権を否定する暴挙として、多くのジャーナリストや知識人が、反対運動を起こしたことは、記憶に新しい。「ヤクザ」=「暴力団」=「反社会的勢力」として、市民的権利を奪われる事態を平然と見すごすのは、昔からの「ヤクザ」に対する「市民社会」の差別意識に迎合することと言ってよい。
  先の抗議文にある「ヤクザ」、「暴力団」に対する目線は、この警察権力のつくりだした、それこそ「ステレオタイプ」にからめとられた視線であり、市民主義的な(もっと言えば、プチ・ブル小市民主義的な)対応と断ぜざるをえない。この発想からは、「暴力団対策法」や「暴力団排除条例」は良い法律であり、それに反対することなど、つゆとも考えていないように受けとめられる。
  だが、国家権力は、部落解放同盟を反社会的勢力とみなしてきた(いる)ことを忘れてはいけない。部落解放同盟を社会運動標榜(ひょうぼう)団体、民事介入暴力関係、あるいは、反社会的勢力とみなす国家権力を、徹底批判することと、「ヤクザ」「暴力団」への同様のレッテル貼りを容認することとは、矛盾している。
  国家権力が作った「ヤクザ」「暴力団」へのレッテル貼り、ステレオタイプ化をこそ批判すべきであり、自分達は「ヤクザ」や「暴力団」とは違い反社会的勢力ではありませんと自己弁護をするようなぶざまな主張はすべきではない。
  たとえば、破壊活動防止法適用対象団体の「朝鮮統聨」と同列、並列に扱われたとしたら、解放同盟は同じように抗議するのであろうか。よく考えればわかることである。

■<「ヤクザ」と「同和運動」>表現に隠された部落差別意識
  <「ヤクザ」と「同和運動」>という見出しの問題点は、それを同列に並べたところにあるのではなく、わざわざ、「同和運動」と、とりたてて表現する意図に隠された部落差別意識にある。その点を批判することこそが、小市民的視線ではない、反差別社会闘争運動の目線であろう。
  部落の子どもたちが差別に打ち克ち、自己実現をはたす営みを支援する同和教育運動は、1950年代、「今日もあの子が机にいない」現実を直視し、「非行は同和教育の宝」として「問題行動」を起こす子や勉強から降りざるを得ない子どもたちの背景にある差別と向き合った。そして、1980年代の同和教育運動は、「非行は差別に負けた姿」と提起して、部落出身生徒の社会的立場の自覚と差別克服の努力をうながしたのだ。この標語の変化がなにを意味しているのかを、今一度思い起こすべきときかもしれない。
 
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第147回 「都議会女性差別ヤジ事件」は終わらない
■男女共同参画議員連盟・野島会長の暴言
  9月16日(火)、都議会は今年の6月に起きた“女性差別ヤジ”事件を受けて、活動を停止していた、超党派の「男女共同参画社会推進議員連盟」の総会を5年ぶりに開いた。
  会長に就任した自民党の重鎮・野島善司都議(65歳)は、記者団の質問に応え、「女性に対して、今回で言えば『結婚したらどうだ』という話でしょ。僕だって言いますよ、平場では」と述べたという。そして、「平場」の意味を問われ、「まったくのプライベートなという意味」と説明している。さらに、記者から問題点を指摘されると、「30年、35年前は、こんな発言(女性差別発言)など当たりまえで、おせっかいバーさん、ジーさんが、日常言っていることだ」と居直り、まったく反省の色どころか、開き直って、「都議会ヤジ事件」の差別性を否定しようとしている。
  開いた口がふさがらないとは、このことだが、都議会自民党が「女性差別ヤジ問題」をやっきになって幕引きをはかろうとしている中で、その「努力」を水泡に帰す放言といってよい。
  今回、野島議員が、言いたかった点は、次の二つである。
一つは、都議会などの公の場で言ったから問題なのであって、プライベートな「平場」であれば、何の問題もないという点。
  二つは、「30年、35年前だったら」こんな発言は、一切問題にならなかったし、そういう(結婚したらどう)発言は、ごく日常的で当たり前の発言であり、とりたてて問題にする必要はないという点。

■「プライベートな『平場』なら問題にされない」
  ひとつめの発言は、野島が都議会の「女性侮蔑ヤジ」事件が「女性差別」であるという事の本質を全く理解できていないことを暴露したものだ。
  一般に、差別発言は、話者の主観的意図の善悪ではなく、その発言が、社会的にどう受けとめられるかという客観的な問題であり、さらに、今回の場合のような、「セクハラ(性差別)」、「パワハラ」などは、まず第一に被害者の気分と感情が基点となる。

■公の場、プライベートの場を問わず、差別発言は差別発言
  今回、野島は、「公」の議会での発言(ヤジ)だから問題になったのであり、プライベートな「平場」での発言なら一切問題なしと強調している。野島は、不快語(悪態語・罵倒語・侮辱語など)による発言、差別発言との違いをまったく理解していない。
  もっと言えば、不快語と差別語の違いを理解していないということだ。(連載差別表現:第141回142回144回参照)
  たしかに不快語は、公的な場所や仕事上においても、使用されない。仮に使用されても、話者の品格が問われるだけであり、「下品な奴」と軽蔑されるのがオチである。
  しかし、差別語は、公の場所はもちろんプライベートな空間、たとえ家族、友人との少人数での会話であろうと、社会的に許されるものではない。公の発言であれば、抗議、糾弾を受け、「平場」での発言であっても、家族、友人から注意され、その場に差別語の対象となる人物がいるいないにかかわらず、差別発言として指弾をされるべき社会的性格を持っている。差別語、差別発言を発する話者に問われているのは「品格」ではなく、まさに、その「人格」が問われているのである。

■「30年前なら当たり前に言っていたこと」
  二つ目の「30年、35年前だったら日常的な発言で問題なかった」という主張は、たしかに野島およびその周辺ではそのとおりだったかもしれない。しかし、それが意味するものは、「30年、35年前」は、それほど人権意識が低く、差別的(今回の場合では「女性差別」)な社会環境であったということを示しているにすぎない。つまり、「石女(うまずめ)」という言葉がリアルに息づいていた、女性差別が当たり前の時代であった事実以外のなにものをも意味していない。
  野島発言は、かつての男尊女卑を懐古的になつかしむ、単なるセクハラオヤジであることと、彼自身が、現代日本の人権意識基準から、いかに遅れているかを自白しているにすぎないのである。
  この野島会長の暴言を奇貨として、「都議会女性差別ヤジ事件」を今一度、大きな社会問題として糾弾すべきだろう。


 
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第146回 国連人種差別撤廃委員会の「最終見解」に対するマスコミの反応

前回で、「最終見解」、つまり、国連人種差別撤廃委員会の日本政府に対する勧告の内容を見てきたが、今回は、それに対するマスコミの反応を検討したい。
 

■朝日新聞の国連勧告報道
 この「最終見解」を最も大きく報道したのは、朝日新聞だった。
 8月30日付、朝日新聞朝刊は、一面トップに「ヘイトスピーチ対処勧告」「国連委 日本に法規制促す」の見出しで「最終見解」のなかでも、とくに「ヘイトスピーチ・憎悪犯罪」の項を中心に紙面割りしている。
 しかし、一面記事の内容は、「最終見解」の内容説明に終始し、ヘイトスピーチの法規制について朝日新聞社独自の見解は、ひとことも表明されていない。
 二面では、「時時刻刻」で「憎悪デモ地方に拡散」と題した詳細な現状報告を紙面化している。
 全体として、朝日新聞はヘイトスピーチをこのまま野放しにしておくことに反対している。しかし、自民党の「ヘイトスピーチ対策等に関する検討プロジェクトチーム(PT)」の初会合時、高市早苗(現総務大臣)が、官邸前で行われている反原発デモを「騒音」と表現し、規制の対象にすべきという一知半解のヘイトスピーチ認識などを奇貨として、法規制に慎重な姿勢を取り続けている。
 そして、ヘイトスピーチをくり広げる「在特会」などを相手どって、損害賠償を求める訴訟を起こした李信恵(リ・シネ)さんの言葉を引いて次のように言う。

  国連委の勧告に沿った規制に、李さんは「原則賛成」という。ただ「手放しでは賛成できない」。政府が、反原発のデモなども規制対象にするのではという懸念があるからだ。「教育現場で、きちんと人権意識を育てることが重要」と話す。(『朝日新聞』「時時刻刻」8月30日)

 どういう文脈の中での李さんの発言かよくわからないが、ヘイトスピーチの最前線で身体を張って闘っている李さんに仮託して慎重論を主張するのは、いかがなものかと思う。
 

■「寛容さ」で解決できる問題ではない
 9月2日の「天声人語」は「寛容と不寛容という難問」と題し、結論として次のように言う。
  

  いまの日本社会における不寛容といえば、在日外国人に対するヘイトスピーチだろう。人種差別を扇動する憎悪表現である。国連の人種差別撤廃委員会は先月末、これを法律で規制するよう日本政府に勧告した
  政府はこれまで、表現の自由を理由に法規制には慎重だった。不寛容にも寛容で臨む態度と一応はみえた。勧告にどう対応するか。あろうことか自民党からは、ヘイトスピーチの規制と併せ、国会周辺でのデモや街宣の規制も議論するという話も出た
  どさくさにまぎれて、市民の正当な言論、表現活動をも抑え込もうという発想ならとんでもない。そんな不寛容はかえって、市民の声をさらに高めることにしかならないのではないか。(『朝日新聞』「天声人語」9月2日)

 つまり、ヘイトスピーチの法規制は、「不寛容」な対応で、「不寛容」なヘイトスピーチにも「寛容」な態度でのぞむべきという主張なのだ。
 「天声人語」に欠けているのは、反原発デモを規制すべきと発言した高市早苗のヘイトスピーチに対する認識不足を批判し、規制すべき対象について、明確に述べることではないのか。
 

■ヘイトスピーチとはなにか
 ヘイトスピーチのカウンター行動も行っている一部の既成右翼の中にも同様の混乱がある。(連載差別表現:第96回参照)いわく、ヘイトスピーチ規制法が成立したら、我々の米軍基地反対闘争時の「ヤンキーゴーホーム」も、禁止されるという主張だ。規制すべき対象は、単なる不快語や侮辱語、侮蔑語、悪態語ではなく、差別表現(発言)一般でもない。
  何度もくり返すが、ヘイトスピーチとは、社会的差別を受けているマイノリティに対する主観的差別、つまり、その攻撃性と目的意識的な差別言動行為のことなのである。
 この点が、しっかり理解できていれば、高市早苗や一部既成右翼の半可通な主張は、ヘイトスピーチ、そのものを理解していないところから生じた放言であることがわかる。そのことを朝日新聞・「天声人語」が見抜けないのは、彼らと同じ土俵で、ヘイトスピーチを論じているからだ。
 朝日新聞朝刊(9月6日)の社説が、「ヘイトスピーチの法的規制」について取り上げているが、「天声人語」と同じく、あいも変わらずの軟弱な主張だ。「政府が差別的表現か否かを判断することの危うさなどを理由に、法規制には慎重な意見も根強くある。冷静な議論を望みたい」という。
 ヘイトスピーチは被差別マイノリティに対する差別・憎悪煽動なのであり、騒音防止条例や、公共の秩序に関わるものではなく、差別に関わる事柄なのだ。政府の判断を待つのではなく、政府から独立した人権委員会などの公的機関を設立して、自立的に判断すればよいのだ。しかも、地方自治体の人権条例でもヘイトスピーチを禁止することができる。即効力のある現実的な法規制を論じるべきだろう。
 9月5日の朝日新聞夕刊には、「サポーターが人種発言 名門クラブを追放」との記事が載っている。ブラジルのサッカー場で、人種差別的言動をした20代の女性会社員は、会社を解雇され、2年間の全サッカー場入場禁止の処罰を受けている。これが世界の人権基準なのだ。
 

■「ヘイトスピーチは差別を助長する『暴力』」と語る愛媛新聞
 朝日新聞以外の全国紙、ブロック紙、地方紙でも、今回の日本政府への勧告は大きく取り上げられている。
 その中で、読んだ限りで、「これは!」と目を見張った「愛媛新聞」の社説を、全文載せて、この項を終わりたい。
 

  差別と人権と規制 明確に区別し毅然と「ノー」を

   日本は「人種差別を平気でする国」であり「政府も放置し、容認する国」なのか―。そんな厳しい見方が、国際的に固まりつつある。極めて憂慮すべき事態で、対策には一刻の猶予も許されない。
   国連の人種差別撤廃委員会が、日本の人種差別的な街宣活動「ヘイトスピーチ」(憎悪表現)に、明確に懸念を表明。差別をあおる行為に関与した個人や団体を捜査、必要な場合は起訴するよう日本政府に勧告した。国連の人権規約委員会や米国務省の2013年版人権報告書も、日本のヘイトスピーチを特に取り上げ、改善を求めている。
   日本はこれまで、言論や表現の自由との兼ね合いから規制に消極的だった。しかし近年、人種や国籍、性別など根深い差別に基づく暴力的な言動が公然と増え始めている。これ以上、手をこまぬいて見過ごすことはできまい。
   まずは大原則として、「差別や暴力は絶対に許さない」という毅然とした姿勢を国が強く打ち出す必要がある。その上で、表現の自由と差別・暴力を明確に区別し、後者に対しては新たな法規制を含めた抑止策を求めたい。
   しかし自民党は、ヘイトスピーチ対策の検討チームを設置するや、とんでもない議論を始めた。「(大音量のデモで)仕事にならない」(高市早苗政調会長)。あろうことか、ヘイトスピーチ規制にかこつけ、国会周辺での大音量のデモや街宣活動に対する規制を検討するという。
   ヘイトスピーチは差別や憎悪を助長する「暴力」であって、守るべき言論や表現とは一線を画す。うるさいから、あるいは主張が異なるから規制するわけでもない。差別は世界中いかなる社会でも許されない人権侵害だからこそ、断固として「ノー」と言い続けねばならないのだ。
   対して、権力批判や政治的意見の表明は、民主主義を支える不可欠な人権である。石破茂幹事長が昨秋、特定秘密保護法への反対運動を「絶叫戦術はテロ行為とあまり変わらない」とブログで述べたことを思い起こせば、自民党はその区別すらできていないのではとの疑念が拭えない。
   国民の訴えや不都合な意見を「騒音」と切って捨て、ヘイトスピーチやテロと同列に扱い、軽々しく言論統制を持ち出す。人権への恐るべき無知、無理解による政治の暴挙を決して許してはなるまい。
   先日は、自民党会派だった札幌市議が「アイヌ民族なんて、もういない」などとツイッターに書き込んだ。大学や地方議会、サッカー応援…。あらゆる場で、今も差別はやまない。その自省を忘れず、差別を放置し排外主義や抑圧を強める政治への監視を怠らず、寛容な社会を守るための不断の努力を続けたい。(『愛媛新聞』社説 09月02日)


 最後に、朝日新聞、愛媛新聞など、ここで引用した新聞社以外の(テレビなども含む)マスコミ関係者に「ヘイトスピーチ」=「差別・憎悪表現」という認識を改め、より正確に実態を反映した「ヘイトスピーチ」=「差別扇動・憎悪扇動」という表現を使うよう要請したい。





 

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第145回 国連人種差別撤廃委員会の勧告

■アメリカもヘイトスピーチに懸念を表明
 8月20〜21日にジュネーブで、人種差別撤廃委員会の日本政府審査が行なわれ、その「最終見解」が29日に明らかになり、全国紙をはじめ各種メディアで大きく報道されている。
 ヘイトスピーチを中心議題に日本における人種差別的情況の悪化を厳しく批判し、「人種差別を煽る行為に関与した個人や団体を捜査し、必要なら起訴するよう求め」、また「これらの行為を煽る政治家らに対しても適切な制裁を下すよう求める」という画期的な勧告となっている。
 ヘイトスピーチなどについては、すでに7月に国連人権規約委員会が日本政府に禁止を勧告している。一方、日本政府が頼りにしているアメリカが今年2月末に発表した、「2013年国別人権報告書」の中でも、日本国内のヘイトスピーチの拡大に懸念を表明している。

  2013年、極右グループが、東京の在日韓国・朝鮮人が圧倒的に多く住む地域で一連のデモ行為を行った。このグループのメンバーが人種差別的な言葉を用いたことから、ヘイトスピーチ(憎悪発言)として報道機関や政治家から非難された。6月17日、東京で「在日特権を許さない市民の会」とこれに反対するグループが衝突し、同会の会長および3人の活動家が逮捕された。一部の政府高官は、民族グループへの嫌がらせが差別を助長するとして公に非難し、国内のあらゆる人の権利を保護することを再度確認した。(『2013年国別人権報告書』米国大使館訳)

 国連の「最終見解」で示された日本政府への勧告の最重要点はヘイトスピーチの法的規制を早急に実現することを求めている点にある。

■国連人種差別撤廃委員会の最終見解
 ここで、「最終見解」の中から、ヘイトスピーチに関係する条文を順に見ていきたい。
 
C)懸念点及び勧告

◎人種差別の定義
 ここでは、日本国憲法第14条「全ての国民は法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」の定義について言及されている。

  「人種差別の定義が、国籍や民族出身、肌の色、世系などの観念を含まず、よって、本条約(人種差別撤廃条約)第1条の要件を完全に満たしていないことを懸念している。同様に、国内法において、人種差別についての十分な定義が欠如している(第1条、第2条)。委員会は、締約国が、国籍や民族的出身、肌の色や世系なども包括的に考慮した本条約パラグラフ1第1条に完全に準拠する人種差別についての定義を国内法に導入することを勧告する。」

 そして、「人種差別を禁ずる特定的且つ包括的な法律(法的救済を含む)」の制定を求めている。

■ヘイトスピーチへ毅然たる対応を

◎国内人権機関
 ここでは、「パリ原則に完全に則った形で」国内人権機関の設置を強く求め、同時に、第4条の人種的優越主義にもとづく差別および煽動を禁止した(a)(b)項の留保撤回を求めている。そして、激化しているヘイトスピーチに大きな懸念を表明し、以下の勧告をおこなっている。

◎ヘイトスピーチ・憎悪犯罪

  (a) 集会の場における人種差別的暴力や憎悪の煽動、また憎悪や人種差別の表明について毅然とした対処を実施する
  (b) インターネットを含むメディアにおけるヘイトスピーチの根絶のため適切な対策を講じる
  (c) 調査を行い、適切な場合には、そのような言動の責任の所在する組織及び個人を起訴する
  (d) ヘイトスピーチの発信及び憎悪への煽動を行う公人及び政治家について、適切な制裁措置を実行する
  (e) 人種差別的ヘイトスピーチの根本的原因についての取り組みを行い、人種差別に繋がる偏見を根絶し、国家・人種・民族グループ間の相互理解や寛容、友愛の情を育むための指導・教育・文化・情報発信における方策の強化を行う。

■朝鮮学校に関する勧告

◎朝鮮学校
 ここでは、「韓国・朝鮮系の子どもたちの教育を受ける権利が不当に阻害されている」とし、「自治体による朝鮮学校への資金提供を再開させ、高等学校就学支援金から、補助金を提供すべし」と、「高校無償化」制度からの除外を不当としている。
 つまり、同じ外国人が学ぶ「中華学校」「アメリカンスクール」などと同様の対応をせよと勧告しているのであり、北朝鮮との関係など、政治的理由で就学支援金を支給しないのは差別だと明言している。

■先住民族に関する勧告――アイヌ民族、琉球・沖縄

◎アイヌ民族についての状況

 ここでは、先住民族の権利に関する国連宣言(2007年)を踏まえ、委員会は締約国に以下の事項を勧告している。

  (a)アイヌ政策推進会議及びその他諮問機関におけるアイヌ代表者の数の増加を検討する。
  (b)アイヌ民族とそれ以外の人々の間に存在する雇用・教育・生活水準関連の格差縮小のための施策推進を強化し、その実行を加速させる。
  (c)アイヌの人々の土地及び自然資源に関する権利保護について適切な策を講じ、アイヌの文化及び言語についての権利確立を目的とする措置の実施を強化する。
  (d)関連する計画及び政策の再調整を可能にするべく、アイヌの人々の状況についての包括的調査を定期的に実施する。
  (e)委員会からの前回最終見解のパラグラフ20でも勧告された通り、独立国における先住民及び種族民に関するILO169号条約(1989年*)の批准を検討する。

  *同化主義的な方向ではなく、先住民・種族民が独自の文化、伝統、経済を維持してゆくことを尊重するため批准国政府は努力しなければならないと定めた条約

◎琉球・沖縄問題について

 「ユネスコが沖縄の固有の民族性、歴史、文化、伝統を認めているにも関わらず、締約国が琉球・沖縄の人々を先住民と認識しない姿勢を遺憾に思う。」と述べ、「委員会は、締約国が立場を見直し、琉球(沖縄)の人々を先住民として認識することを検討すると共に、彼らの権利を守るための確固たる対策を講じること」を勧告する。
 委員会はまた、締約国が、琉球(沖縄)の人々の権利の促進と保護のため、彼らとの協議を深めることも勧告している。
 さらに、「締約国が琉球語を消滅の危機から守るための方策導入をスピードアップし、沖縄の人々の琉球語での教育を促進し、学校カリキュラムで用いられる教科書に沖縄の人々の歴史と文化を加えることを勧告する」としている。

■部落問題に関する勧告

◎部落民の状況
 部落問題については、以下のように書かれている。

   委員会は、部落民を世系(descent)を根拠に本条約の適用外に置く締約国(日本政府)の見解を遺憾に思う。前回の最終見解でも述べられた通り、締約国がいまだ「部落民」についての統一された定義を適用していないことが懸念点として存在する。委員会としては、2002年の同和問題に関する特別措置法終了に際して、締約国によって実施された、部落民に対する差別対策をふくむ具体的措置について、その影響を評価できる情報及び指標が欠如している点に懸念を抱く。委員会はまた、部落民と部落民以外の人々との間に根強く残る社会経済的格差について懸念を表明する。委員会は更に、部落民に対する差別目的で行われている可能性のある戸籍制度への不正アクセス乱用の報告を受けて、その状況に懸念を持っている(第5条)。
   『世系』という文言についての一般的勧告29(2002)を踏まえ、委員会は「世系」を根拠とする差別は本条約で完全に網羅されるものであることを再確認する。委員会としては、締約国がその立場を見直し、部落の人々と話し合いを持つ中で「部落民」という言葉についての明確な定義を採用することを勧告する。委員会はまた、2002年の同和問題に関する特別措置法終了における具体的措置についての情報及び指標(特に部落民の生活水準について)を提供することを勧告する。委員会としては更に、締約国が法規定を効果的に適用し、部落民が戸籍情報に不正アクセスされ差別行為に晒されることから彼らを守ること、戸籍情報への不正アクセス発生においては、そのすべてについて調査を行い、加害者を懲罰することを勧告する。

 ちなみに、2001年3月に出された「最終見解」に対して日本政府の意見は、次のようなものであった。

  (2)本条約の前文に謳われた精神を踏まえれば、同和問題のような差別も含めいかなる差別も行われることがあってはならないことは当然のことと考えており、同和関係者については、日本国憲法の規定により、日本国民として法の下に平等であることが保障されているとともに、日本国民としての権利をすべて等しく保障されていることから、市民的、政治的、経済的及び文化的権利における法制度上の差別は一切存在しない。
  (3)また、政府としては、同和地区の経済的低位性や生活環境等の改善を通じて同和問題の解決を図ることを目的として、同和対策事業特別措置法、地域改善対策特別措置法、地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律の3つの特別措置法を制定し、30年余にわたって各種の諸施策を積極的に推進してきた。
   これまでの国、地方公共団体の長年にわたる同和問題の解決に向けた取り組みにより、同和地区の生活環境の改善をはじめとする物的な基盤整備がおおむね完了するなど、様々な面で存在していた格差は大きく改善され、また、差別意識の解消に向けた教育・啓発も様々な工夫の下に推進され、国民の間の差別意識も確実に解消されてきているものと考える。
 (2001年3月 「人種差別撤廃委員会の日本政府報告審査に関する最終見解に対する日本政府の意見の提出」外務省)

 国連の「最終見解」では、そのほか、さまざまな日本国内で生起している人権問題について、多角的に論じ、差別是正処置を勧告している。ぜひ原文に沿って精読していただきたい。いかに日本は、国際人権基準から遅れているかが実感できると思う。
 次回は、この「最終見解」に対するマスコミの反応などを検討していきたい。

※今回、勧告は「反差別東京アクション」が公開している日本語訳を参考にした。
http://ta4ad.net/wp/wp-content/uploads/2014/09/1d55f383b97c46c02b35e3c58e68b997.pdf

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